広島はきょう「原爆の日」を迎えた。3日後には長崎にも、その日が訪れる。77年前、2度の原爆投下で20万人以上が犠牲になり、なお多くの人が健康被害に苦しむ。しかし今、ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領が露骨に核兵器使用の脅しを繰り返すなど、国際社会は未曽有の危機に直面し「核なき世界」は遠のきつつある。

 そうした中、核の非人道性を身をもって知る被爆者が「核廃絶」への決意を内外に発信する意義は大きい。ただ気がかりなのは、国と被爆地の間で被爆者認定を巡り、わだかまりが解けないことだ。被爆地は救済拡大を求めてきたが、国は線引きによって絞り込む姿勢を変えようとしない。

 国に被爆者と認定され、被爆者健康手帳を交付された人は2021年度末で約12万人。医療費の自己負担はなくなり、さまざまな手当も支給されるが、認定のハードルは高い。広島では4月から、救済範囲を少し広げた認定基準の運用が始まった。一方、被爆者と認められていない「被爆体験者」がいる長崎は新基準の対象から外れた。

 長崎県・市は7月、体験者救済を国に要望したものの、先行きは不透明だ。わだかまりを解消してこそ、被爆地の声は核廃絶に向け、より大きな力になるだろう。そのためには国が認定の在り方を根本から見直し、一層の救済拡大に本腰を入れることが求められる。

 広島で運用が始まった新基準づくりのきっかけは昨年7月の広島高裁判決。爆心地に近く国が指定した援護区域の外にいて「黒い雨」に遭ったとする住民84人について疾病の有無を問わず、全員を被爆者と認め、手帳交付を命じた。黒い雨に遭わなくても、汚染された井戸水や野菜の摂取などによる内部被ばくの可能性があるとも指摘し、救済範囲を大幅に広げた。

 国は上告せず、判決は確定。当時の菅義偉首相は原告と同じような立場の人の救済も早急に検討したいと述べた。これを受けて広島県・市は認定基準から疾病要件を外すよう求めているが、これまでの援護制度との整合性がとれないなどの理由で国は応じていない。

 原爆投下時に援護区域外にいたため被爆者と認められなかった人も、放射性物質を含む黒い雨に遭ったと確認でき、がんなど一定の疾病を発症していれば新基準では手帳が交付される。

 長崎にも黒い雨が降ったとの証言はある。だが国に手帳交付を求めて訴訟を起こした体験者らの敗訴が17年の最高裁判決で確定している上、降雨の客観的記録もないとの理由から、新基準は適用されなかった。

 長崎県・市は7月に国と体験者救済を協議した際、県専門家会議の報告書を提出した。過去の調査で集めた黒い雨などに関する証言について専門家会議が改めて検証。報告書で地域により降雨体験に偏りがあり、降雨地域で高い放射線量も確認されたことがあるとし「客観的記録」と位置付け、実際に雨が降ったと解釈できると結論付けた。

 また体験者敗訴を確定させた最高裁判決に言及。内容を検討し、新基準を体験者に適用しても問題ないと述べた。だが国の反応は鈍いという。

 被爆地では高齢化が進む。厳格な線引きにこだわらず、原爆による影響を明確に否定できない限りは救済するという方向に転じる必要がある。