「出雲の空をトキが舞う」夢に一歩近づいた。環境省が、国の特別天然記念物・トキの新たな放鳥候補地に出雲市を選定した。巣作りや餌場の確保など環境面での条件を整え、2026年度以降の実施を目指す。
11年から市の施設で続けている分散飼育の実績が評価されたのは言うまでもない。ただ、応募に対して可否を検討した専門家は、近隣自治体との連携の必要性を指摘しており、単独で申請した市にとっては条件付きの合格だと言える。近畿以西で唯一の候補地である市に課せられた責任は重い。
08年からトキを放鳥する新潟県・佐渡島の例を踏まえ、環境省がトキの生息域として想定する面積は1万5千ヘクタール以上。出雲市に当てはめると、4分の1強を占める。市は、神西湖周辺など南部地域を主なねぐらや餌の確保場所として検討していくとみられる。
同省の調査によると、21年に147ペアが営巣、34ペアから76羽が巣立ったと推定される佐渡島では、水田に近い屋敷林のほか、寺社林、防風林などが営巣地で、スギ、スダジイ、クロマツなどの幹が太い木に営巣する傾向があるという。
トキが翼を広げると約140センチにもなり、巣を作る時期にはこれより長い枝をくわえて飛ぶこともあるという。適度な立木の密度となる空間の確保が重要な上に、トキが周囲の物音に敏感になる繁殖期を避けて整備するなど、多くの配慮が必要だ。
また、餌場は水田やビオトープ(動物や植物が安定して生活できる生息空間)などで、冬場も水を張った場所があることが求められる。
こうした細かい条件を考慮すると、島根県内有数の人口集積地として宅地開発が進む出雲市だけで考えるよりも、同じような大型水鳥で、餌もトキと共通するコウノトリが定着しつつある隣の雲南市などと協力しあうことが有効なのは自明の理だ。
トキなどの水鳥と共生するには、開発を抑制したり、水稲の生産性を多少犠牲にしてでも減農薬の農法を推進したりするなど、私たちの忍耐や度量も求められる。
クリアすべき課題が多いだけに、放鳥に当たっては、訓練された鳥をいきなり野に放つ「ハードリリース」ではなく、一定の地域を囲って、そこで十分にならした後に放つ「ソフトリリース」の方法もしっかり検討してほしい。
放たれたトキが出雲の地に定着すれば、神話の里であるとともに、都市と自然が調和した地域として全国に認知されるだろう。だが現時点では、出雲市が本当にトキの野生復帰に適した地域なのか、謙虚な目で見ることが必要だ。市が、トキの放鳥を、農業、観光や教育などを含めた地域づくり全体の中でどのような位置付けにするのかが問われる。