東京工業大と東京医科歯科大が統合に向け協議を始めた。それぞれの特色を生かした新たな研究分野の開拓を統合の理念に掲げており、実現すれば明るい展望が見えない日本の研究力を立て直す契機にもなり得る。

 文部科学省の科学技術・学術政策研究所の調査結果によると、注目度が高い科学論文の数で日本はスペインと韓国に抜かれ、前回の10位から過去最低の12位に落ちた。発表される論文の数は横ばいながら、他の国の論文数が増えて相対的に順位が下がったのだという。

 原因として研究の主な担い手である大学、特に国立大の研究環境の悪化が指摘される。引き金は2004年の国立大法人化と財政基盤である国からの運営費交付金の削減だ。もっぱら行政改革の観点から進められた。

 かつて国立大の研究を支えていた同交付金が削減され、教員は研究費の獲得に追われ、さらに大学の評価や社会貢献といった仕事も増え、研究時間が減った。若手のための安定した職も減った。

 そんな大学にも、一部の分野を除いて博士号取得者の採用に後ろ向きな産業界にも希望を見いだせず、研究職を目指す若者は減り続けている。政策の失敗が招いた当然の結果と言える。

 挽回策として政府は「世界と伍(ご)する研究大学」を育てようと、10兆円規模の基金を創設した。数校を「国際卓越研究大学」に選び年3千億円とも見込まれる基金の運用益を配分する制度だ。

 今回の統合の動きは、この制度が後押ししたようだ。両校が公表した文書には「社会の課題解決に直接貢献する新たな学術分野を生み出せるとの確信を持つに至った」など、制度の趣旨に沿う言葉が見受けられる。

 東工大は文系の研究者を擁し、前身の東京高等工業学校が陶芸家として初の文化勲章を受章した板谷波山を嘱託に招くなど芸術とも縁の深いユニークな大学だ。短期的成果を求める国の政策とは一線を画し、時間のかかる基礎研究の支援にも力を入れており、統合が「世界と伍する」大学を生む可能性は十分にある。

 両校の統合に対し医療機器開発など「医工連携」を期待する声があるようだ。だが、むしろ新型コロナウイルス流行であらわになった、日本の公衆衛生学の著しい遅れを取り戻すため、欧米並みの「公衆衛生大学院」の創設にこそ期待したい。

 医学が個人の病気やけがを治すのに対し、公衆衛生学は医学や工学、経済学、法学など幅広い分野の知恵を集め、環境や人々の行動に介入し社会全体の健康を守る方法を考える総合的な学問だ。

 100年余りの歴史がある米国のハーバード公衆衛生大学院は20世紀初め、ハーバード大とマサチューセッツ工科大が共同で設置した。ドイツにも工科大や医科大が共同で開いた大学院がある。ところが日本には匹敵する組織がない。公衆衛生学の学問的基盤が弱いために、新型コロナ対策では、空気感染を防ぐための工学的な提言や政策分析が不十分なものにならざるを得なかった。

 東京医科歯科大には、健康に重大な影響を及ぼす児童虐待の予防に取り組む研究者もおり、公衆衛生大学院創設のハードルはさほど高くないと思われる。統合が国立大の存在意義を高め国立大全体の研究環境を改善する動きにつながってほしい。