英保守党の党首選でトラス外相がスナク前財務相を破り、英史上3人目の女性首相となった。2016年、英国の欧州連合(EU)離脱を巡る国民投票の敗北で当時のキャメロン首相が辞任した後、6年で3人目の首相だが前途は多難だ。
まず、ジョンソン前首相の負の遺産を払拭しなくてはならない。ジョンソン氏は、新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)時に官邸で何度もパーティーを開いたことが批判され、辞任に追い込まれた。
派手な言動で人気を集め選挙にも強かったジョンソン氏だが、「自分は何をしても許される」と言わんばかりのおごりが墓穴を掘った。「首相は不誠実だ」との国民の怒りが退場を促したことを、トラス氏は再度胸に刻むべきだろう。
保守党党首選を制したとは言え、英有権者の0・3%、15万人弱の党員投票で選ばれたに過ぎない。政治サイト「ポリティコ」によると、保守党は昨年12月以来、支持率で野党労働党の後塵(こうじん)を拝し続けており、現時点で総選挙が行われれば、労働党に大差で敗れるとの調査結果もある。
トラス氏は、政権党に国民の信がないことを前提に、まず謙虚な姿勢で指導者への信頼を取り戻す必要がある。党首選では、喫緊の課題である記録的な物価高騰に対し、大規模減税で国民生活の安定を図ることを訴えたが、減税にはインフレを悪化させるリスクもあり、手腕を見守りたい。
対外関係、特に対EU関係も信頼回復が急務だ。英国はEUと結んだ離脱協定で、英領北アイルランドをEU側の通商管理下に残すことで合意したが、これを一方的に破棄する動きを見せて、EUと鋭く対立している。
トラス氏はジョンソン前政権の外相として、この問題に携わった当事者であり、着地点を真剣に探らなければならない。最大の貿易相手であるEUとの関係悪化は、コロナ禍からの回復途上にある英経済に打撃となるだけではない。他国・地域との協定を踏みにじるやり方は、国際社会における英国の信用を毀(き)損(そん)する恐れもある。
EU離脱後「グローバルブリテン」を掲げた前政権は、経済・安保両面でインド太平洋地域に接近した。トラス氏は、英国が日本主導の環太平洋連携協定(TPP)に加盟するための交渉を担ったこともあり、この路線は継続されるだろう。
対ウクライナ政策も同様だ。ロシアのウクライナ侵攻で、英国は米国に次いで多くの兵器をウクライナに供与してきた。トラス氏は以前、ロシアは14年に強制編入したクリミア半島から去るべきだとも主張しており、ウクライナ支援には前のめり気味に力を入れるとみられる。
トラス氏はもともと左翼的な家庭で育った。学生時代は自由民主党支持で王室廃止論者であり、保守党から政界入り後も16年の国民投票ではEU残留票を投じ、その後に離脱派に転じた。
一貫した政治信条が見当たらないのは、ジョンソン前首相と似ている。前任者は「無節操」との悪評を残し去ったが、似たような政治手法で「融通無碍(むげ)な現実主義」といった前向きの評価を得られるか。サッチャー元首相に私淑するトラス氏の前途はまず、前任者の欠いた「誠実さ」を内外で示せるかにかかっているだろう。