安倍晋三元首相の国葬問題を巡り、衆参両院は閉会中審査を実施した。国民の間では国葬反対論が根強いが、岸田文雄首相が法的根拠をはじめとするさまざまな疑問に対し、説得力ある答弁をしたとは言いがたい。

 国葬批判の背景には、安倍氏ら自民党議員が霊感商法や多額献金で指弾された世界平和統一家庭連合(旧統一教会)側から選挙支援を受けるなどしていた問題がある。

 自民党は閉会中審査の終了を待っていたかのように、旧統一教会と所属国会議員との接点確認を求めた調査結果を公表した。しかし安倍氏の関わりには踏み込まず、この調査をもって国民の不信感は払拭できまい。

 いずれの問題も説明責任を負っているのは岸田首相であり、問われているのは「岸田政治」の民意への向き合い方だともいえよう。

 参院選応援の演説中に安倍氏が銃撃され死去したのは7月8日。岸田首相は6日後、葬儀費用の全額を国費で賄う国葬で弔う意向を表明した。

 首相は安倍氏を頂点にした自民党内の保守派に評価され、世論の抵抗感も少ないと判断したとみられる。二階俊博元幹事長は「(国葬を)やらなかったらばかだ」とまで述べていた。

 ところが共同通信が7月末に行った世論調査では「反対」「どちらかといえば反対」が計53・3%に上り、内閣支持率が急落。他の報道機関でも同傾向の調査結果が相次いだ。首相や自民党は、世論を侮っていたと断ぜざるを得ない。

 9月27日に予定される安倍氏の国葬は、首相経験者としては1967年の吉田茂氏以来で戦後2例目になる。閉会中審査で主な論点になったのは、国葬の法的根拠と対象の選定基準である。

 戦前は勅令の「国葬令」が法的根拠だったが、現行憲法の施行に伴い失効。このため政府は「国の儀式」を内閣府の所掌とする内閣府設置法と閣議決定が根拠になると主張してきた。

 閉会中審査でも岸田首相は同様の説明を重ねた。国葬の挙行は「行政権行使の範囲内」との考え方だが、時の政権にとって有用だったと判断した人物ばかりが恣意(しい)的に選ばれる懸念は消えない。

 安倍氏を国葬の対象にしたことについて、岸田首相は憲政史上最長の8年8カ月にわたり政権を担い、内政や外交面で大きな業績を残したことなどを列挙。外国の政府レベルでも弔意が示され、礼節を持って参列する首脳らを迎えるには国葬がふさわしいとの考えも示した。いずれもこれまでの見解の繰り返しだった。

 安倍氏の国葬には現段階で税金が原資となる国費約16億6千万円が充てられる見込みだ。吉田氏以外の首相経験者のように自民党との合同葬などにすれば、国費の支出は抑えられる。

 岸田首相の説明は、安倍氏を「特別扱い」(泉健太立憲民主党代表)する理由としては不十分ではないか。安倍氏が森友・加計両学園や桜を見る会の問題で「権力の私物化」非難を受けたことに目をつぶってはなるまい。 

 既成事実が積み上がってきた安倍氏の国葬の中止や延期は無理であろう。だが、岸田首相が「信頼と共感を得る政治」を実行したいのであれば、野党が求める臨時国会を早期に召集するなどして、旧統一教会問題を含め審議を尽くすべきだ。