軍艦島でガイドの女性(中央奥)の説明を聞くツアー客=5月、長崎市
軍艦島でガイドの女性(中央奥)の説明を聞くツアー客=5月、長崎市

 政府は「Go To トラベル」に代わる全国旅行支援を11日に開始、1日当たりの入国者数上限を撤廃するなど水際対策も大きく緩和する。

 岸田文雄首相は臨時国会冒頭で「わが国は新型コロナウイルス禍を乗り越え、社会経済活動の正常化が進みつつある」との現状認識を表明。その上で「円安のメリットを最大限引き出す」と外国人観光や国内旅行を振興する考えを強調した。

 しかし秋の行楽シーズンに間に合わせようと前のめりになっていないか。これから冬にかけてはコロナ「第8波」と季節性インフルエンザの同時流行も懸念される。経済再生は当然大事だが、経済優先一点張りはリスクが大きい。コロナ流行再燃の兆候があれば、直ちに旅行振興を停止し医療提供体制を危機対応に切り替えられるよう万全の備えをする必要がある。

 全国旅行支援は、各都道府県が実施する「県民割」を広げる形で12月下旬まで行う。代金割引とクーポン配布で1人1泊当たり最大1万1千円を支援する。都道府県が感染状況を見て実施の是非や中止を判断し、費用は国が負担する。

 水際対策は、一部の国・地域からの入国者らに求めている空港での入国時検査を、コロナ感染が疑われる症状がある場合を除き原則撤廃する。1日当たり5万人としてきた入国者数上限をなくし、訪日客の個人旅行も解禁する。コロナ禍前に68の国・地域を対象に認めていた短期滞在ビザの取得免除も再開される。

 国内外からの旅行を増やし、コロナ禍で疲弊した観光地、地域経済の活性化につなげたい狙いは理解できる。

 ただ首相は経済再生を「最優先課題」とする一方、ウクライナ危機や急激な円安による物価高、景気後退懸念に有効な対策を見いだせていない。それだけに円安を逆手にとって収益に直結させやすい行楽シーズンのインバウンド観光振興に飛び付いたのではないか。リスク評価が不十分で、拙速な印象が拭えない。

 コロナ禍を乗り越えた、と首相は言う。確かに第7波は感染者が減少傾向となり、海外でもウィズコロナへの転換が進む。だが、まん延防止等重点措置が全面解除された3月22日の国内の新規感染者数約2万人に対し、最近でも1日当たりの新規感染者は4万人前後と高止まりが続く。重症者こそ少ないが、感染収束とは程遠い現実を直視し警戒を続けるべきだ。

 コロナ対策は専門家との意思疎通が重要だが、政府の新型コロナ感染症対策分科会を約2カ月開かないなど岸田政権の姿勢には問題があった。分科会の尾身茂会長は要求して開催させた9月半ばの会合後「第8波対策を考えなくていいとのオプションはない」と述べ、第8波で再び医療現場が逼迫(ひっぱく)しないよう対策取りまとめを政府に求めた。

 専門家の意見は、冬の感染拡大を心配する国民の感覚にも近い。専門家は感染状況を科学的に分析し対策を助言する。それを受け決断し実行するのが政府だ。専門家の意見を聞くことと「政治主導」は矛盾しない。

 首相は全国旅行支援や入国者数上限撤廃を外国訪問中の米ニューヨークで発表した。5月の水際対策緩和発表もロンドンでだった。訪日観光客を呼び込むトップセールスもいいが、不安を抱く国民へ先に説明するのが筋だと改めて指摘したい。