5年以上にわたり交際している安達彩乃さん(右)にサプライズでプロポーズする熊谷秀さん=松江市玉湯町布志名、クイーンズマリー
5年以上にわたり交際している安達彩乃さん(右)にサプライズでプロポーズする熊谷秀さん=松江市玉湯町布志名、クイーンズマリー

 新型コロナウイルス禍で結婚式の延期や中止が相次ぎ、ブライダル業界は新しいサービスに取り組んでいる。松江市玉湯町布志名の結婚式場・クイーンズマリーは、式場をプロポーズの場に使ってもらう「エンゲージウエディング」を始めた。「式場でプロポーズ」を実行する男性がいると聞き、現場に潜入させてもらった。(Sデジ編集部・宍道香穂)

 クイーンズマリーではこれまでも「式場でプロポーズをしたい」といった希望があれば対応していたが8月、正式にプランとして打ち出した。料金は2万円からで、利用者の要望に合わせチャペルやテラス、併設のカフェを使ってプロポーズや結婚記念日のサプライズといった用途で使うことができる。クイーンズマリーの長島夏子主任は「結婚式だけでなく、特別な日を思い出に残せるようお手伝いしたい」と話した。

▽式場使いプロポーズ計画
 サービスが始まったちょうどその頃、サプライズ形式のプロポーズを計画している男性がいた。プロポーズするのは出雲市在住、介護福祉士の熊谷秀さん(25)。5年以上にわたり交際している看護師の安達彩乃さん(26)に、思い出に残るプロポーズをしたいと計画した。

 企画に協力したのは雲南市木次町山方で美容室を営む三代香(かおる)さん(49)。熊谷さんや安達さんは長年、三代さんの美容室に通っていて気心の知れた仲だという。
 今春、三代さんは熊谷さんから「プロポーズをしたい」と相談を受け、仕事で関わりがあった結婚式場・クイーンズマリーに「知り合いのサプライズプロポーズの場として、式場を貸してもらえないか」と打診した。式場スタッフから「ちょうど、そういったサービスを始めようとしていた」と返事があり、話が進み始めたという。7月から式場スタッフも交え入念に準備を重ねた。

サプライズプロポーズに協力した美容師の三代香(かおる)さん(左)。プロポーズを決心した熊谷秀さん(右)や、相手の安達彩乃さん(中央)とは長年の知り合いという

 三代さんは「とにかく2人のために、できることをやってあげたいと思った」と、相談を受けた時のことを振り返った。新型コロナ禍で結婚式の開催をあきらめたと話す客も多く、美容師として何か協力できないかと悩んでいたという。「若い人たちが落ち込むと社会も暗くなっていく。こういう形(サプライズプロポーズなど)でなら協力できるよと提案することで、周りを少しでも明るくできたらと思った」(三代さん)

 サプライズは彩乃さんの母親・広美さんにも協力してもらったという。熊谷さんと広美さん、彩乃さんは全員、同じ職場で勤務していて、彩乃さんにばれないよう当日の流れなどを相談した。広美さんは「娘は勘が鋭いので、ばれないか心配だった。ばれにくい場所を選んで(熊谷さんと)当日の流れなど打ち合わせをして、緊張感があった」と振り返った。打ち合わせを繰り返し、いよいよサプライズプロポーズを実行することになった。

 

▽サプライズに潜入
 9月末、同僚から記者に「サプライズプロポーズをする人がいるので取材してみないか」と話があった。「失敗したらどうするのだろう?」と、少し心配に思いながらも、三代さんに電話した。今回のプロポーズに協力した経緯や当日の流れを聞き、「たぶん断られることはないと思う」という三代さんの言葉を信じ、当日は動画撮影スタッフとして式場に潜入することになった。

 午前10時過ぎ、安達さん一家が式場にやって来た。一家は三代さんから「プロモーション用写真のモデルになってもらう」と集められた。安達さん一家の中でプロポーズのことを知っているのは母の広美さんだけ。彩乃さんはもちろん、参加した父や妹もサプライズのことを知らないまま、撮影が進められるという。

「プロモーション用写真のモデルになってもらう」と聞かされて式場にやって来た安達さん一家。プロポーズのことは何も知らないまま撮影に臨む

 撮影はメンバーやアングルを変えながら進む。サプライズを受ける彩乃さんが入り口側に背を向けるようカメラマンがさりげなく誘導して、背後から花束を持った熊谷さんが近づき、振り返った彩乃さんにプロポーズをするという流れだ。

 しかし、ここでハプニングが発生した。熊谷さん一家がなかなか式場にやってこない。場をつなぐカメラマンの顔に焦りが見え、時折、チャペルの外で待機する三代さんの元に向かい「まだですかね」と不安そうに尋ねる。三代さんも不安そうに外を眺める。
 これ以上撮影が長引くとさすがに不審に思われるか―。関係者たちはハラハラとした表情を浮かべたが無事、熊谷さん一家が到着し、ひと安心。スーツ姿でビシッと決めた熊谷さんが、チャペルの外でスタンバイする。

式場に到着し、三代さん(右)と最後の打ち合わせをする熊谷さん

 「じゃあ、いきましょう」。気を引き締め、それぞれが配置につく。サプライズの瞬間を動画に収めるため、記者もチャペルでカメラを構えた。彩乃さんは妹と2人、仲良く撮影に臨んでいる。カメラマンが「いいよ、いいよー」と声をかけ、場を盛り上げる。熊谷さんがチャペルの扉をそっと開き、彩乃さんの背後からゆっくりと歩み寄る。
 2人は熊谷さんの気配に全く気づいていない様子。いい感じだ。体が当たりそうな距離まで近づくと、2人はハッと後ろを振り返った。

 「ええ?!」「うそでしょ!!」と、驚きを隠せない様子に思わずガッツポーズをしたくなった。状況を飲み込めていない彩乃さんに花束と手紙を手渡し、さらに驚かせる熊谷さん。
 熊谷さんは片膝を地面に着くお決まりのポーズで指輪が入った箱を差し出し「結婚してください!」と一言。彩乃さんは驚き、うれしさ、恥ずかしさ、さまざまな感情が入り混じったような表情を浮かべながらも、笑顔で「はい、お願いします!」。熊谷さんが薬指に指輪をはめる時は「めっちゃ手震えてるじゃん!」(彩乃さん)と突っ込み、笑いながらも、幸せそうな笑顔を浮かべた。

プロポーズを受け、照れながらもうれしそうな表情を浮かべる彩乃さん(左)

 2人の家族、三代さんも含めた集合写真を撮影し、無事にサプライズが成功―と、ほんわかとした空気が広がる中、熊谷さんがおもむろに花束を取り出し、三代さんに差し出した。約半年にわたって準備に協力してくれた三代さんへ、感謝の気持ちを込めたプレゼントという。「えー!私にも?!」と驚く三代さんの目には涙が浮かんでいた。

熊谷さんから、お礼の気持ちを込めた花束を受け取る三代さん(右)。目に涙をにじませながら、うれしそうに受け取った

 三代さんは「うれしかった。自分もプレゼントを渡されて、改めてサプライズってうれしいなと思った。誰かを喜ばせたいという気持ちはすてきだと実感した」と感想を話した。サプライズについては「当日は楽しもうと思っていたのに、ばれないだろうか、失敗しないだろうかとずっと心配で緊張していた」と笑いながら振り返った。

プロポーズが終わり、満面の笑みで抱き合う3人
サプライズの後は全員で記念撮影。誰もが明るい笑みを浮かべ、こちらも幸せな気持ちになる

 プロポーズを受けた彩乃さんは「とにかくびっくりした。全然気づかなかった」と笑顔を浮かべた。熊谷さんは「喜んでくれるかな、と思いながら準備した」。実はもともと結婚の話をすることはあったと言い、彩乃さんは「まだ?と催促していた」と、笑い交じりに打ち明けた。なかなか決心が付かない様子だったが、まさかサプライズでプロポーズされるとは、と驚いた様子。彩乃さんは「ついに、という感じ。今と変わらず楽しく過ごしたい」と、うれしそう。熊谷さんは口数が少なく控えめな印象ながら、うれしそうでどこかほっとした様子だった。

 結婚式など大切なイベントを中止せざるを得なくなり、残念な気持ちやつらい思いを抱えている人も多いだろう。自分なりの方法で思い出の日を演出しようという、関係者たちの前向きな思いや熱意に触れ、明るい気持ちになった一日だった。