岸田文雄首相は、新増設や運転期間延長など原発政策の大転換を決めた。エネルギーの安定供給と気候変動対策への貢献が理由だが、その根拠は極めて薄弱だ。国の将来を左右するエネルギーに関する重要な政策転換を、非民主的な形で決めるというプロセスには正当性もない。拙速かつ稚拙な政策は棚上げし、エネルギー政策についての熟議の場をつくるべきだ。
首相は「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」で「将来にわたって持続的に原子力を活用する」とし、次世代型原発の開発と建設を明記。再生可能エネルギーと原発を「最大限活用する」とした。
2011年の東京電力福島第1原発事故後、続けてきた「可能な限り原発依存度を低減する」との方針からの大転換だ。
世界はロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機と気候危機という二つの危機に直面している。これにどう立ち向かうかという問いへの答えの一つとして、首相が持ち出したのが原子力の拡大だった。
だが、日本のような先進国にとって最も重要なのは、30年までの温室効果ガス排出量を大幅に削減することだ。新増設は言うまでもなく、既設炉の再稼働でさえ、短期的な排出削減への貢献は少ない。重要なのは計画から発電開始までの時間が短い再生エネの大幅拡大だ。
長期的にも、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や国際エネルギー機関(IEA)などの国際組織が気候危機対策として重要視しているのは省エネと再生エネで、原子力はコスト面でも削減可能性でも劣る。
エネルギー危機への対応は、低コストの電力を長期的に供給することが重要だが、この点への原子力の貢献も疑わしい。
国際的な研究機関の分析では新設原発の1キロワット時当たりのコストは約13~20セント(17~26円)。商業的な太陽光の同3セント前後とは比べものにならない。海外に比べてまだ高い日本の再生エネのコストも低下傾向にある。逆に福島事故後の新たな安全対策などによって原発の発電コストは上昇傾向にある。原発による価格低減効果は限定的だ。
福島の事故は、原発のような大規模集中電源に過度に依存することが安定供給上の大きなリスクになることを示したはずだ。安価な再生エネによる小規模分散型の発電設備への投資を拡大するのが本筋だ。
今回の決定は、内容にも問題があるが、それ以上に大きな過ちは政策決定に至るプロセスだ。
政策を決めた官邸のGX実行会議で首相が原発政策転換の意思を示したのは8月末だった。以来、経済産業省が傘下の委員会などで急ごしらえの報告書を作成、4カ月後のGX会議で方針が決まった。
同会議は電力会社や既存の大企業の代表が中心で、議論はすべて非公開と不透明極まりない。
自由化された電力市場で競争にさらされる日本の電力会社自身は、新増設に必要な資金を調達することが難しいことを認めている。
欧米では巨額の建設費が障害となり、政府が推進方針を示しても、原発建設が進まないという状況が続いている。日本でも同様だろう。内容面でも手続き面でも多くの問題を含む今回の政策を見直す時間は十分にある。