記者会見で質問を聞く岸田文雄首相=2022年12月16日、首相官邸
記者会見で質問を聞く岸田文雄首相=2022年12月16日、首相官邸

 6年前の9月25日、当時の安倍晋三首相は記者会見で、こう強調した。「国民との約束を変更し、重い決断をする以上、国民に信を問わなければならない」。2年後に予定される消費税10%への引き上げに伴う税収の使途を変更する信を問うため、臨時国会冒頭での衆院解散を表明した際の言葉だ▼この時は「森友、加計学園問題」の国会審議を避ける狙いだと野党などから批判の声が上がった。ただ、少なくとも今の岸田文雄首相のやり方と比べると、理屈の上では、まだ筋が通っている▼なぜなら東日本大震災からの復興を目的にした復興税の仕組みを「流用」するなどした増税は「国民との約束」にはなかった。安全保障政策の大転換となる反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有も「重い決断」に当たる。それを十分な国会論議もないまま閣議決定で済ませ、信を問うタイミングも曖昧にする口ぶりだからだ▼「国民の声が政治に届いていない。民主主義の危機だ」。一昨年秋の自民党総裁選でそう訴えたのは他ならぬ岸田首相のはずだ。これでは看板の「聞く力」が泣く。それだけではない。その時々の政権の都合で、基本姿勢がころころ変わるようでは、政治への信頼は薄れる▼歴代の首相が好んで使った言葉に『論語』の「信なくば立たず」がある。これが政治の「王道」だとすれば、近道ばかりを探そうとすると道を誤る結果を招きかねない。(己)