東京都江戸川区の女子高生殺害事件を巡り、仙台高裁の岡口基一判事による交流サイト(SNS)への投稿で侮辱されたとして、遺族が損害賠償を求めた訴訟の判決があり、東京地裁は岡口氏に賠償を命じた。投稿の一部について「表現自体からして原告らの名誉を違法に毀損(きそん)」「原告らの人格を否定する侮辱的表現」と厳しく批判した。
岡口氏は東京高裁判事だった2017年に「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」「そんな男に無惨にも殺されてしまった17歳の女性」と担当外の事件に言及。仙台高裁に異動後の投稿も物議を醸して2回、最高裁の分限裁判で戒告の懲戒処分を受けている。
さらに一連の投稿などを理由に国会の裁判官弾劾裁判所に訴追され、罷免するかどうか審理が進められている。戦後の弾劾裁判では犯罪行為や重大な職務違反で7人が罷免されたが、SNS上の私的な発信を理由とする訴追は初めてだ。「表現の自由」や「裁判官の独立」に深く関わり、専門家の間には罷免回避を求める声が根強くある。
今回、現職裁判官による発信だったことで大きな反響を呼んだが、インターネット上では誹(ひ)謗(ぼう)中傷が絶えず、自殺者も出るなど深刻な社会問題になっている。当の岡口氏は言うに及ばず、誰もがその立場にかかわらず、発信の重みと責任を自問してみる必要がある。
岡口氏は17年の女子高生殺害事件を巡る投稿で東京高裁から厳重注意を受けた。ところが18年の投稿で、やはり担当外の犬の所有権訴訟で「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?」と訴訟当事者をやゆしたため、最高裁が裁判所法で懲戒理由に定められた「裁判官の品位を辱める行為」と判断、戒告処分となった。
19年に仙台高裁に異動し、今度は「遺族の方々は俺を非難するようにと東京高裁事務局などに洗脳された」などと投稿。20年に最高裁から2度目の戒告処分を受けた。
判決は、この投稿を不法行為と認定した。遺族らの請求があり、21年6月に弾劾裁判所に訴追された。憲法は裁判官について「公の弾劾によらなければ罷免されない」と規定。その身分は政治など外部の圧力を受けず公正な判断ができるよう手厚く守られている。岡口氏側は罷免理由の「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に当たらないと主張している。
弾劾裁判では、国会議員14人が裁判員を務め「罷免」か「不罷免」の判決を出す。罷免になった場合、不服申し立てはできない。最低5年間は法曹資格を失い、弁護士にもなれない。「罷免相当か疑問」という指摘も多く、慎重な審理を要するのは言うまでもない。
ただ岡口氏の投稿で遺族らが傷ついたのは否定できない。ネット上の中傷などが法廷に持ち込まれ、それを裁く立場になり得る裁判官としても、ふさわしくない。まず遺族らへの真摯(しんし)な反省と謝罪の言葉が待たれる。
テレビ番組への出演を巡ってSNSで繰り返し中傷された女子プロレスラー木村花さんが20年5月に自ら命を絶ったのをきっかけに侮辱罪が厳罰化されるなど、ネット規制は年々強まっている。貴重な言論空間の荒廃に歯止めをかけるために何ができるか、しなければならないかに利用者一人一人が考えを巡らせることが求められている。