スマートフォン用の決済アプリのアイコン。このアプリ口座にデジタルマネーの形で給与が払い込まれる
スマートフォン用の決済アプリのアイコン。このアプリ口座にデジタルマネーの形で給与が払い込まれる

 デジタルマネーによる給与の支払いが4月から解禁された。急拡大するキャッシュレス決済の後押しが見込める一方で、企業と労働者双方の理解が不十分なまま普及を急げば、思わぬトラブルを生じる可能性がある。政府は新しい制度の丁寧な説明と、安全性を担保した普及に努めてもらいたい。

 解禁されたのは「PayPay(ペイペイ)」や「楽天ペイ」といったスマートフォンの決済アプリ口座に、企業が給与をデジタルマネーの形で払い込めるようにする仕組みだ。

 労働基準法は賃金を原則現金で支払うと定めた上で、国は銀行口座や証券総合口座への振り込みも認めている。スマホのキャッシュレス決済ではアプリ口座の残高が少なくなった場合、入金(チャージ)の必要があるが、給与が直接振り込まれればこの手間が省ける利点が労働者にある。

 新型コロナウイルス禍を機に、日本でもキャッシュレス決済が拡大しており、新制度によって弾みのつくことが期待できよう。だが新しい仕組みだけに、注意したい点がいくつかある。

 まず給与を受け取る労働者による、デジタル払いへの同意の徹底だ。厚生労働省の審議会は新制度について、労使協定の締結など同意の取り付けを条件とした。

 しかし、銀行口座と並行してスマホのアプリ口座に一部給与の振り込みを望む場合などでは、手間や経費の点から企業がデジタル払いを事実上強要することも予想される。立場の弱い労働者が不利益を被ることのないよう、国は同意原則の順守を厳格に監視する必要があるだろう。

 決済アプリを運営する事業者が経営破綻するなど万が一の時の利用者保護についても、あらかじめ理解しておきたい。銀行口座であれば預金保険制度により元本1千万円までとその利息は保護されるが、決済アプリの「資金移動業者」は対象外だからだ。

 このため政府はデジタル払いの導入に当たり、参入事業者に厳しい要件を課すこととした。

 破綻したり、口座乗っ取りなど不正な取引で労働者の資金が失われたりした時に、全額補償できる仕組みを設けることや、少なくとも月1回は手数料なしでATMで換金できるようにする点などだ。

 これらの要件を満たし国の指定を受けた事業者が制度に参入できる。国による審査には時間を要するとみられ、デジタル払いの運用が実際に始まるのは、解禁から数カ月後となる見通しだ。

 アプリ口座へ振り込める額に上限を設け、残高100万円までとしたのも利用者保護のためだ。この点では、若者を中心にキャッシュレス決済が急拡大する中で、利便性向上へ一層の引き上げを求める声がある。

 だが、手軽なキャッシュレス決済は現金に比べて使い過ぎに陥りやすく、上限の引き上げは結果的にそれを助長しかねない。キャッシュレス決済や新制度の利用状況をしばらく見た上で、慎重に検討すべきだろう。

 デジタル給与の解禁は企業の人材確保に変化をもたらす可能性がある。使い勝手の良さは若者に魅力と映るためで、働き手の確保に悩む中小や地方の企業に恩恵となり得よう。そのためにも安全性に不安のない新制度の定着が望まれる。