中国の秦剛国務委員兼外相(右)と会談する林外相=2日、北京の釣魚台迎賓館(共同)
中国の秦剛国務委員兼外相(右)と会談する林外相=2日、北京の釣魚台迎賓館(共同)

 林芳正外相が訪中し、秦剛国務委員兼外相らとの会談で、アステラス製薬現地法人幹部が拘束されたことに抗議し、早期解放を強く要求した。

 駐在員にとって情報収集は日常的な業務であり、そうした活動をスパイ扱いされればまともな企業活動はできなくなる。

 中国外務省は「刑法と反スパイ法に違反した疑い」と説明するだけで具体的な容疑内容を明らかにしていない。駐在員に「自分は大丈夫なのか」という不安が広がるのは当然だろう。安全なビジネス環境づくりのため、違法とする行為の基準を明確にすべきだ。

 中国では強権的な習近平指導部の下で、国家安全に関わる活動への監視が大幅に強化され、2014年に反スパイ法が施行された。その後、日本人が拘束されるケースが相次ぎ、今回を含めて17人に上る。

 スパイを取り締まる法律は他国にもあるが、問題なのは中国ではスパイや機密の定義、範囲が曖昧なことだ。反スパイ法は、国家機密の「窃取」だけでなく「探りを入れる」だけでスパイ行為と規定する。

 製薬会社が必要な新薬の開発状況や中国政府の政策であっても、非公開情報であれば、機密と認定されてしまう可能性がある。最近中国は国家機密に加えて、「その他の国家の利益や安全」に関わる情報まで適法範囲を広げる法改正を進めている。

 中国外務省は拘束を踏まえて「日本側は自国民への教育と注意喚起を強化すべきだ」と要求したが、一体何を教育しろというのか。

 中国のロシア寄り姿勢が目立つウクライナ情勢を巡っては、林氏は中国に国際平和の維持に責任ある役割を果たすよう求めた。日本は引き続き、中国がウクライナの声に耳を傾け、ロシア軍の撤退に影響力を発揮するよう働きかけていく必要がある。

 中国による武力統一の懸念が高まる台湾問題では、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した林氏に対し、秦氏は日本が手出しをするなと反発した。しかし、中国による台湾海峡での軍事活動には世界中が懸念を強めており、中国は重く受け止めるべきだ。

 外相の訪中は3年3カ月ぶりで、3期目に入った習指導部との対面による外相会談は初めてだ。日中は対立する懸案が多いが、感染症のため国民の往来も途絶えて相互理解が進んでいない。立場が異なるからこそ、さまざまなレベルで率直に主張をぶつけ合う対話が重要だ。

 日中は今年、平和友好条約締結45周年を迎えるが、昨年2月にはウィーン条約により不逮捕特権が認められている外交官である日本大使館員が、情報収集活動中に一時拘束される事案も発生。日中は「信頼が全く醸成されていない」(垂秀夫駐中国大使)状況に陥っていた。今年に入って次官級の外交当局間協議が再開し、信頼醸成への足場ができつつある。

 中国は感染症の影響で悪化した経済を立て直すため、外国からの投資誘致に積極的だ。林氏と会談した李強首相は日本との経済協力レベルの格上げに意欲を示した。

 だが、中国で今回のような拘束が起きるのであれば外国企業は警戒し、逆に中国離れが進んでいる。日本人の中国不信も深まっており、そのつけは長期的には中国自身に回ってくることを自覚すべきだ。