米国のトランプ前大統領が起訴された。米大統領経験者の起訴は初めてである。2024年大統領選に出馬表明している前大統領は「起訴は最大級の政治的迫害」として徹底抗戦する方針で、米国の政治分断がさらに先鋭化しそうだ。
前大統領であっても「法の下の平等」は適用される。相応の事実があれば、起訴され有罪となるべきだ。米国ではあらゆる不満を敵対する党派のせいだとする風潮が強まる。法の番人のはずの司法が政治分断の当事者に成り下がったと批判もされている。
検察と裁判所は違反行為の立証と説明を丁寧に進め、国民や世界を納得させる結論を出して民主主義の柱である三権分立を確認してほしい。世界の民主主義のとりでを自任する米国の責務である。
前大統領は捜査や公判に圧力をかける狙いで「国家を取り戻せ」などと支持者に呼びかけている。自らの大統領選を有利に進める狙いもありそうだ。心配なのは、こうした呼びかけに応じて21年1月に起きた米議会襲撃事件のような暴力事件が再発することだ。
起訴事実は、不倫関係にあったと主張していたポルノ女優に対して支払ったという口止め料に関するものだ。
前大統領は当選した16年11月の大統領選の直前に関係を暴露されることを恐れて、約13万ドル(約1700万円)を支払ったとされるが、この支払いの処理で選挙関連法に違反したという。米メディアは罪状が30に及ぶと報じた。本人は違法行為を否定している。
前大統領にはほかにも多くの捜査対象案件がある。20年11月にバイデン大統領が当選を決めた大統領選では、選挙管理者にトランプ票を多く報告するよう圧力をかけ、21年1月にはバイデン氏当選を確認していた議会に暴徒が乱入し死傷者が出た襲撃事件を扇動したとされる。
退任後はホワイトハウスから機密文書を自宅に持ち帰り、発覚した後も返還を拒んだ件も秘密保持関連法の違反が疑われている。
起訴され、有罪となった人物でも大統領選に出馬でき、前大統領は今後も選挙運動を続けるとみられる。
不倫口止め疑惑の捜査には、「偽りの訴追による死や破壊の可能性がある」と交流サイト(SNS)に書き込み、その後捜査を率いたニューヨーク州検事あてに白い粉が入った殺害予告が届いた。
前大統領起訴という前例のない展開に、最近トランプ派に距離を置いていたペンス前副大統領は「起訴は承服できない」と反発し、大統領選で前大統領と共和党の指名を争うとみられるデサンティス・フロリダ州知事も「司法の政治利用だ」と批判した。
担当検事は選挙で選ばれ、民主党出身だ。口止め料の支払いから年数がたち、前大統領が出馬表明した後になって起訴に持ち込んだ点もこうした批判の一因である。一方民主党からは前大統領の大統領選立候補資格の剥奪を呼びかける声が上がる。
近く予想される前大統領の出頭の際には混乱が懸念され、警備当局は警戒を強めている。
前大統領は騒乱を呼びかけるような発言を控えるべきだ。司法は政治に左右されずに、法に従った厳格な判断を下してほしい。米国の混乱は世界の利益にならない。