厚生労働省の中央最低賃金審議会が2023年度の最低賃金の目安額を決めた。現在の全国平均時給961円を1002円に引き上げるよう求めた。千円台は初めてで、41円の上げ幅も過去最大となった。
物価高騰や、今春闘の大企業を中心とした高い賃上げ率が反映された。与党の自民党が国政選挙の公約に「最低賃金千円を目指す」と初めて明記したのは16年夏だった。当時の目安額は822円。100円玉2個にも満たないアップに7年かかったが、大台に乗ったことは、働く人々にとって朗報だ。
だが千円超えは一里塚に過ぎない。1500円超も多い欧州諸国などに見劣りする。労働者の可処分所得を増やし、消費主導で経済の好循環を生むには不十分だ。何よりこの20年で2倍以上に拡大した大都市部と地方の最低賃金の格差解消はなお大きな課題だ。縮まらなければ地方から都市への労働力流出が続き、地方の衰退は止まらない。
最低賃金引き上げは、岸田文雄首相が掲げる「成長と分配の好循環による新しい資本主義」の重点に位置付けられた。土台にあるのは、持続可能な経済社会には「格差や貧困の拡大」是正が不可欠との問題意識だ。取り組む政策は、デジタル化など経済成長の新エンジンを育む「成長戦略」と、最低賃金を含めて賃上げを推進する「分配戦略」の2本柱で構成される。その方向性は妥当だ。
しかし経済協力開発機構(OECD)によると、バブル経済崩壊後の30年間に米国の1人当たりの年間賃金が5割上がって7万ドルを超えたのに対し、日本は4万ドルに届かない水準で停滞し、英国や韓国に抜かれた。経済低迷が続く日本では、成長への期待感が薄いため企業も人への投資としての賃上げを渋り、「低成長、低賃金」の悪循環に陥ったのが実態ではないか。
最低賃金アップによる「分配」だけでは好循環への起爆剤には足りない。さらなる賃上げ追求の一方、次代の稼ぎ手となる有望産業に官民の投資を集め、「成長と分配」の両輪を力強く回すことが必要だ。これは都市と地方の格差解消に向けても重要な鍵となる。
最低賃金目安額については、これまで都道府県を経済事情に応じて4区分に分けて示してきた。今回からは、地域間格差是正に向けてA~Cの3区分に減らす再編をして「中間層」拡大を図った。ただ、制度の「型枠」を変えることで数字を底上げするのは、本質的な解決になるだろうか。
日本商工会議所の中小企業調査では、23年度に賃金を引き上げた企業の割合は62・3%で、うち約半数の賃上げ率は3%以上だった。厳しい経営環境でも人材確保のため中小企業は努力している。それでも、支払い能力を超えてしまうような大幅な最低賃金上昇は、経営体力が弱い地方の中小企業には死活問題だ。「分配」を押し付けるような形では限界がある。
賃上げに応じた中小企業に、増えた人件費分を補助する政策も短期的には有効だ。だが、それが恒常的に続けば、健全な経済政策とは言えまい。
中小企業も含め地方経済が自立して好循環の波に乗るため、有望産業の育成や工場誘致などで地方の産業を底上げし、それにより雇用と賃上げを呼び込む道を具体化すべきだ。それこそが岸田首相の言う「一過性でない構造的賃上げ」ではないか。