日銀は大規模な金融緩和の柱である長期金利の抑制策について、目標を据え置いた上で運用を柔軟化し、一定の上振れを容認することを決めた。市場のゆがみなど副作用を和らげる狙いだという。しかし、物価高にあっても大規模緩和を続けることで、円安や輸入物価の上昇、財政規律の緩みなど見過ごせない弊害が広がっている。その場しのぎの小手先の対応には限界がある。行き過ぎた金融緩和の是正に踏み出す時だろう。
日銀は2013年、脱デフレへ向け、物価上昇2%の目標を2年で達成するとして大規模緩和を始めた。だが、実現できなかったため16年に短期金利をマイナス、長期金利を0%程度とする「長短金利操作」を導入し今に至る。
金融政策決定会合では大規模緩和を維持し、長期金利の目標も0%程度に据え置いた。その上で0・5%の上振れを許していた運用を、1%まで認めることにした。長期金利の抑制策は導入後、目標を変えないまま変動許容幅を徐々に拡大。昨年12月には市場機能改善のためとして0・5%幅に拡大した。今回の修正もその一環と言えるが別の狙いもあろう。
一つは物価高を悪化させている円安の是正だ。円相場は今春にかけやや円高に振れたものの、最近は1ドル=140円前後で推移。背景には米欧がインフレ退治へ利上げに動く一方で、日銀が大規模緩和を続ける金融政策の差がある。
米国では26日、連邦準備制度理事会(FRB)がいったん停止していた利上げを再開。欧州中央銀行(ECB)も翌日、金利引き上げに続いた。手を打たなければ円安が一段と進みかねなかった事情が、日銀の背中を押したとみてよかろう。
円安は輸出企業を潤すが、日本全体では輸入コスト増と物価上昇のデメリットを見過ごせない。物価高はより深刻に、長期化する兆しがある。
6月の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、前年同月比3・3%上昇と前月より伸び率が拡大。日銀も28日公表の新たな見通しで、23年度の物価上昇率を前年度比2・5%と、4月時点の見通し(1・8%)から大幅に上方修正した。
帝国データバンクによると、今年値上げされる品目は3万5千前後に達する見通しだ。コスト上昇を我慢しきれなくなった企業の価格転嫁が広がっている。輸入に頼る石油や穀物類の原材料価格は下がりにくくなっており、日銀は円安による一層の物価高騰を防ぐ必要に迫られていた。
今回の決定に込められたもう一つの狙いは、日銀内の足並みの乱れを避けることだろう。6月の決定会合では長短金利操作について「早い段階で見直しを検討すべきだ」との意見が出た。この政策委員は長期金利の抑制に伴う国債の大量購入を念頭に、緩和政策の代償が大きい点を問題視したという。意見の違いを放置すれば、今後の政策運営に支障が出かねなかっただけに、歩み寄る形での小規模な修正に動いたとみてよかろう。
植田和男総裁は、賃上げを伴う望ましい物価上昇の実現まで今の緩和策を続けると強調する。だが、物価が日銀の目標を上回って1年余り。数々の副作用だけでなく、多くの家計は物価上昇に収入増が追い付かず苦境にある。日銀の姿勢に理解は得られるだろうか。