鳥取県日吉津村の子育て拠点施設を訪れ、政府の方針について説明する岸田首相(左)=7月31日午前(代表撮影)
鳥取県日吉津村の子育て拠点施設を訪れ、政府の方針について説明する岸田首相(左)=7月31日午前(代表撮影)

 2年前の自民党総裁選で自らの持ち味に挙げた「聞く力」はまだ残っているのだろうか。

 岸田文雄首相が7月31日、山陰両県を訪問。鳥取県日吉津村の子育て拠点施設と松江市にできた島根大の新学部を視察し、関係者と意見交換した。

 現職首相の山陰視察は出雲、境港両市と鳥取県伯耆町の工場や商業施設を訪問し、地域資源を生かした商品開発などのアイデアに触れた、2014年6月の安倍晋三氏以来となる。

 安倍氏は視察後に境港市で開いた記者会見で、政権が重視する地方再生の具体策を打ち出す「地方創生本部」を新設する考えを表明。地方創生は今も道半ばながら、山陰はその象徴として一躍注目を集めた。

 それに比べて今回の岸田首相の山陰視察は、人気取りの地方遊説にしか思えない。止まらない岸田政権の支持率低下が、そう思わせるのだろう。

 直接的な要因はマイナンバーカードを巡る混乱と言えるが、それだけではない。国民が抱く疑問や不安に岸田首相が真摯(しんし)に向き合っているのか、マイナ問題をきっかけにその姿勢に疑いを感じているからではないか。

 共同通信の電話世論調査によると、内閣支持率は先進7カ国首脳会議(広島サミット)後に実施した5月が47・0%だったのが、6月は40・8%、7月は34・3%と続落。不支持と答えたうち、「首相が信頼できない」を理由に挙げたのが16・5%と政権発足後で最高になった。

 首相は21年の自民党総裁選に立候補表明した際、「政治の根幹である国民の信頼が崩れている。わが国の民主主義が危機にひんしている」と語り、できる限りの情報公開、徹底した説明を政権運営の基本に据えた。言わんとしたのは、安倍、菅両政権が駆使した異論を封じ込める強引な政治手法からの脱却ではなかったのか。

 しかし、ここまでの政権運営で、自慢の「聞く力」を発揮したとは言い難い。反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有など防衛力の抜本強化とそれに伴う防衛費の大幅増や、原発回帰といった政策の大転換は、国民的な議論というプロセスを省略し、短期間の国会審議で関連法などを成立させた。

 支持率を反転させる近道はない。求められるのは首相就任1年10カ月を謙虚に振り返り、総裁選出馬時に披歴した「初心」に戻ることだろう。

 今回の山陰視察のうち、日吉津村の子育て拠点施設で岸田首相は、施設を利用する母親ら8人と車座で対話。1人で子どもを育てる母親らの悩みを直接聞き「政策を進める上で、聞いた話を参考にさせてもらいたい」と総括したという。

 「次元の異なる少子化対策」と銘打ち、子育て施策へ注力する姿勢を鮮明にしている岸田政権だけに、視察の成果をどう生かすのか-。「聞きっぱなし」で終わらせてしまっては、せっかくの地方行脚も、対話のパフォーマンスと国民から見透かされてしまう。

 人口減少や少子高齢化、持続可能な社会保障制度の構築をはじめ、「待ったなし」の難題が山積する。首相に必要なのは、来年の総裁選への〝損得勘定〟を優先した政権運営ではない。国民の悩みに真正面から応える誠実な姿勢だ。