トランプ前大統領の支持者が集まった米ワシントンの連邦議会=2021年1月6日(ロイター=共同)
トランプ前大統領の支持者が集まった米ワシントンの連邦議会=2021年1月6日(ロイター=共同)

 大統領選敗北の結果を覆すため米議会襲撃を引き起こしたとして、米連邦大陪審がトランプ前大統領を起訴した。過去2度の起訴と比べ「国家を欺こうと企てた罪」が問われる最も深刻な事件だ。

 民主制度を守るべき立場でありながら、有権者の選択を踏みにじり「選挙は盗まれた」と陰謀論を展開、極右勢力が紛れ込んだ群衆を連邦議会議事堂へ扇動した責任は重い。罪は厳正かつ公正に裁かれるべきだ。

 選挙への信頼を損ない民主主義を腐食させる陰謀論の根絶には、真実こそが治療薬だ。公判では、共犯らの役割や議会襲撃の計画性など、徹底的な事実解明を期待したい。

 今回起訴されたのは米国を欺こうと企てた罪や議会手続きを妨害した罪など4件。起訴状によると、前大統領は2020年11月~21年1月、大統領選の結果を覆して権力を維持しようと弁護士ら6人と共謀し、「選挙で不正があった」とのうその主張で、議会で行われた結果認定手続きの妨害を企てた。

 21年1月6日には副大統領に選挙結果を覆す権限があると主張し、支持者らを連邦議会議事堂に向かわせた。副大統領が従わないと知った支持者らは議会を襲撃し、認定手続きを停止させた。前大統領は群衆に向かって「死ぬ気で戦わなければ国を失う」「議会まで行くぞ」などと演説し、襲撃による混乱で警察官ら5人が死亡。これまでに襲撃犯ら千人以上が訴追されている。

 米国人が誇りとする「民主主義の象徴」への襲撃は、旧日本軍による真珠湾攻撃や01年の米中枢同時テロに匹敵する〝恥辱の日〟として刻まれている。事件を捜査するスミス特別検察官は「米国の民主主義に対する前代未聞の攻撃」と指摘した。

 しかし騒乱の中心人物である当のトランプ前大統領は、政治的な求心力を失っていないばかりか、24年11月に予定される大統領選挙へ名乗りを上げ、有力候補となった。起訴が取り下げられない限り、米国は刑事被告人が大統領候補となる異常事態を迎えるだろう。

 取材で支持者に話を聞くと、あまりにも多くの人が陰謀論と前大統領の無実を信じ切っている現実に驚かされる。米CBSテレビが6月、不倫もみ消し問題に続く2度目の起訴となった機密文書の私邸持ち出し事件について世論調査をしたところ、共和党支持者の実に76%が「政治的動機に基づいている」と回答した。

 前大統領の「一連の捜査は魔女狩り」との主張は、逆風どころか同情の追い風を巻き起こしており、NBCテレビ調査では、共和党内における前大統領支持率が4月の46%から6月には51%に上昇した。文書事件起訴から1週間足らずで、前大統領は660万ドル(約9億5千万円)の献金を集めた。分断がもたらす底知れぬ負の力だ。

 価値観が分裂する現在の米国で、対立政党の候補を対象とする捜査に政治的な意図があると考えるのも理解はできる。だが米国民には、今後公判で明らかにされるであろう事実が犯罪行為か否かについて、今度こそ直視することが求められている。前大統領の政治力に屈し、一連の起訴事件への批判に及び腰な共和党指導部にも反省を促したい。選挙不正論に限らず、政府が闇の勢力に操られているといった陰謀論を克服しなければ、米国の民主主義に未来はない。