静岡県で1966年に一家4人を殺害したとして強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さんの再審初公判が静岡地裁で開かれた。長年に及んだ収容の影響で意思疎通が困難になるなど拘禁症状が残る袴田さんは出廷を免除され、姉ひで子さんが「弟の代わりに無実を主張します」とし「真の自由を与えますようお願いします」と訴えた。
袴田さんは事件直後に逮捕され、過酷な取り調べで自白。80年に最高裁で死刑が確定した。翌81年からの第1次再審請求は2008年に退けられたが、ひで子さんが保佐人として、すぐに第2次請求を申し立てた。静岡地裁は14年3月、再審開始を決定。袴田さんは48年ぶりに釈放された。
それから再審が始まるまで、さらに9年余りの歳月が費やされた。無罪となる公算が大きいとはいえ、袴田さんは今年87歳になり、獄中で死刑執行の恐怖に精神をむしばまれたことによって自ら法廷に立つことすらかなわない。支え続けるひで子さんも90歳。検察は再審開始を受け入れたが、今後の公判では改めて有罪立証を展開する。
「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」が発見されて開かれる再審でも、有罪主張はできる。しかしメンツにこだわり過去の捜査を正当化するため、無用に審理を長引かせるようなことがあってはならない。再審制度の目的にたがわず、速やかに救済を果たすべきだ。
最大の争点は、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に「赤み」が残るかどうかだ。事件の1年2カ月後、袴田さんの勤め先だったみそ工場のタンク内から、みそに漬かった状態で見つかり、確定判決で犯行時の着衣とされた「5点の衣類」の血痕には赤みがあった。
最初に再審を認めた静岡地裁決定は東京高裁で取り消されたが、最高裁はみそ漬けで血痕がどう変色するか検討するよう求め、審理を差し戻した。そして今年3月、高裁は弁護団と検察の実験などを基に「赤みは残らない」と判断。2度目となる開始決定を出した。
発見から遠くない時期にタンクに入れられたため赤みが残ったと考えられ、犯行後に袴田さんが隠したと認定した確定判決とは矛盾する。「捜査機関側が捏造(ねつぞう)した可能性が極めて高い」と決定は指摘。検察は不服申し立てをせず、確定した。
しかし検察は決定後の補充捜査を経て「赤みは残ることがある」という趣旨の鑑定書を新たな証拠として提出。鑑定に携わった専門家らの証人尋問を求めている。主張の詳しい中身はまだ分からないため即断できないが、審理を尽くして決着した争点の「蒸し返し」のようにも映る。検察内では捏造に言及した決定への反発が強い。だが血痕を巡る化学的な論争になれば、弁護団は逐一反論せざるを得ず、長期化が懸念される。
なぜ、こうも時間がかかるのか。再審請求事件では通常の事件と異なり、審理の進め方に関する規定が少ない。検察に証拠を開示させる規定もなく、出す出さないは検察次第。それを求めるかどうかの判断も裁判所によってばらつきがあり、長期化の一因とされる。
袴田さん再審のきっかけになった血痕のカラー写真も第2次請求で、ようやく開示された。開始決定に対する検察の不服申し立てを制限するかも含め、再審を巡る法整備の検討を急ぐべきだ。