岸田文雄首相の所信表明演説に対する衆参両院の代表質問が終わった。焦点の所得税減税を巡り首相は「正式な議論が開始されていない」として具体的答弁を避けた。自身が「職を賭して取り組む」と強調する重要政策なら「逃げ」に終始せず、堂々と審議に応じるのが筋だ。首相の態度は「内閣は国会に対し連帯して責任を負う」と規定した憲法の趣旨にも反する。議会制民主主義を形骸化する国会軽視を直ちに改めるべきだ。
首相は臨時国会召集日の20日に与党幹部と協議。その後記者団に「所得税減税も含め党での検討を指示した」と明言した。ところが23日の所信表明演説では「国民への還元」と繰り返しつつ、結局は「所得税減税」に触れなかった。
立憲民主党の田名部匡代参院幹事長は「大事なことはテレビではなく国会で議論して」と抗議。泉健太代表も「所得減税は行うのか行わないのか。1年のみか恒久なのか。国民は分からない」と追及した。当然の疑問だ。すると首相は「具体化に向けた正式、具体的な指示は26日の政府与党政策懇談会で行う」として、その前の政府方針表明は控える必要があると述べた。全く筋違いだ。国権の最高機関には言えず、記者との立ち話ではなぜ早々に言えるのか。
そもそも政府与党協議の日程を代表質問終了後に設定したのは首相らだ。しかも所得税減税を柱とする経済対策は、衆参の予算委員会審議も終わる後の11月2日に閣議決定する方針だ。国会で野党と議論するのを意図的に回避していると思わざるを得ない。
この間にも所得税減税などについて「1人当たり年4万円、非課税世帯には7万円給付」との検討内容が政府与党から漏れ伝わった。しかし、国会は蚊帳の外だ。野党に吟味や反論の機会がないまま重要政策を決定し、議論にフタをするつもりなのか。政治の機能不全を憂わざるを得ない。
国会回避は少子化対策の財源確保でも同様だ。首相は施政方針演説などで「6月の骨太方針までに将来的な子ども予算倍増に向けた大枠を示す」と約束しながら、6月には「新たな支援金制度は年末に結論を出す。2028年度までに安定財源を確保する」などとトーンダウンした。これを今回の代表質問で批判されると、首相は「財源の基本骨格は既に明らかにした。先送りとの指摘は当たらない」と突っぱねた。
「倍増に向けた大枠」とは具体的財源の数字を積み上げ、達成時期の見通しを明らかにすることではないか。「年末に結論を出す」は先送りとしか取りようがない。年末では今国会が既に閉じ、またしても審議の俎上(そじょう)に載らないことになる。
政府与党は防衛費増額の財源確保策で、昨年末「24年以降の適切な時期」に法人、所得税などの増税を実施するといったん決めた。この方針は今回の所得税減税案と大きく矛盾するが、代表質問で首相は「景気や賃上げの動向を踏まえて判断する」と煙幕を張った。
「未来世代への責任」と言って防衛力強化のための増税にこだわってきた首相の決意は変わったのか否か。国民はそれを知りたい。与党幹部は防衛増税を「来年はやらない」と明言するが、首相は国会で野党の質問に答えない。これでは首相自ら政治を空洞化させていると言わざるを得ない。