冤罪(えんざい)を生んだ警察、検察を民事司法が厳しく指弾した。外為法違反(無許可輸出)の罪に問われ、初公判直前に起訴が取り消された機械メーカー「大川原化工機」の社長らによる国家賠償請求訴訟の判決で、東京地裁が東京都(警視庁)と国(東京地検)に総額約1億6千万円の賠償を命じた。
抑制的な認定で逮捕、起訴を明確に「違法」と断じており、控訴しても覆る可能性はほとんどあるまい。捜査の正当性ばかり主張してきた被告側は判決を受け入れ、まず社長らに謝罪すべきだ。すべては、それからだ。この事件には、「はじめに立件ありき」の警察の恣意(しい)的な捜査や検察のずさんなチェック、容疑を否認すると起訴後も長期勾留される「人質司法」など、刑事司法の問題点が凝縮されている。
第三者も入れて捜査を徹底検証し、二度と繰り返してはならない。裁判所の判断による長期勾留についても、裁判官の独立は尊重しつつ、保釈制度の改善を議論すべきだ。
事件では警視庁公安部が2020年3月、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥装置を無許可で中国に輸出したとして、社長ら3人を逮捕した。
装置は液体を霧状にして熱風で乾燥させ、粉末化させるものだ。粉ミルクなどの製造に使われるが、警視庁は細菌を粉状にするのに転用可能とし、経済産業省令に基づく輸出規制対象に該当すると判断した。
東京地検も追認し起訴したが、21年7月、規制対象に当たるか疑義が生じたとして、初公判4日前に起訴を取り消した。そもそも犯罪が成立しない事案だったわけだ。
訴訟では、捜査に関わった現職警察官が出廷し「(事件は)捏(ねつ)造(ぞう)」「(捜査幹部に)マイナス証拠を取り上げない姿勢があった」などと証言した。驚くべき内容だった。
判決は警視庁による逮捕について、大川原化工機の従業員聴取の結果、装置が規制対象に該当しない疑いがあったのに通常の捜査を遂行しなかったと認定。「容疑には合理的根拠が欠如し、違法」と結論付けた。
東京地検の起訴についても「従業員聴取結果の報告を受けていたのに、捜査を尽くさなかった」として違法認定した。
1次捜査をする警視庁、それを指揮する東京地検ともに「法と証拠」にのみ従う刑事司法の鉄則をないがしろにしたと言わざるを得ない。
訴訟の争点にはならなかったが「人質司法」も忘れてはならない。否認した社長ら3人は、保釈請求を繰り返し裁判所に退けられ、最大332日拘束された。特に起訴取り消し前に胃がんで亡くなった元顧問は、勾留中にがんが発見されても保釈が認められず、勾留の執行停止で何とか入院し手術を受けたが、手遅れだった。
保釈請求の却下理由は「証拠隠滅の恐れ」だ。しかし、進行がんに苦しみ、衰弱しているのに、どうしたら隠滅活動ができるのか。保釈に反対する検察の意見を重視しすぎで、改善が必要だ。また、公判前整理手続きで審理担当の裁判官が、勾留の必要性に疑問を呈していたことが分かっている。こうした意見を保釈請求の審査に反映させる仕組みも考えたい。この事件で、刑事司法に対する国民の信頼は失墜した。回復するには問題点を一つずつ地道に解決するしかない。