患者を治療する上田敬博教授=米子市西町、鳥取大医学部付属病院
患者を治療する上田敬博教授=米子市西町、鳥取大医学部付属病院
患者を治療する上田敬博教授=米子市西町、鳥取大医学部付属病院

 2019年7月に発生し36人が死亡、33人が重軽傷を負った京都アニメーション放火殺人事件からもうじき2年。事件当時、自らも大やけどを負い重体だった青葉真司被告(殺人や現住建造物等放火などの罪で起訴済み)の主治医を務めたのは、現在、鳥取大医学部付属病院救命救急センター(米子市西町)の上田敬博教授だった。上田教授は「九死に一生を得た彼の口から、命の大切さを理解した言葉を聞きたい」と胸の内を語った。

 「患者が来るとしたら、『彼』だろうな」

 平成以降の放火殺人事件で最多の犠牲者を出したむごい事件。発生後、負傷者は京都、大阪両府の複数の病院に分散搬送されていた。しかし熱傷が専門の上田教授が当時勤務していた近畿大病院(大阪府大阪狭山市)には一人も運ばれてこなかった。

 事件発生の翌日、日本熱傷学会からの依頼で、京都第一赤十字病院(京都市)を視察した際、とある重篤な患者の受け入れを頼まれた。青葉被告だった。「まさかと驚くより、やっぱりなという感じだった」と当時を振り返る。

 全身やけどで意識不明の重体。しかも熱傷を免れた皮膚は事件当時、腰に巻いていたウエストポーチ周辺のわずか8センチ四方。皮下組織までに至る3度の熱傷は全身の93%に及び、付き添いの京都府警関係者に「諦めてください。期待に沿えないと思います」と告げたほどだった。

 近畿大病院での治療は一進一退だったが、他人からの植皮には頼らなかった。やけどをした皮膚を除去し、コラーゲンなどでできた人工真皮を貼る手術を4回実施。健常な皮膚を培養してつくった表皮も5回に分けて貼った。いずれも集中力と高度な技術を要した。また1日2回、青葉被告の容体を観察し、不測の事態に備えた。

 治療から2カ月後、青葉被告は言葉が出るまで回復した。「ああ」と一言つぶやくと、泣いた。何が起こっているのか、自分がどのような罪を犯したのか分からないように見えた。上田教授は「どんなことがあっても人を傷つけてはならないと治療を通して感じてほしかった」。

 取り調べに耐えられる状態となった11月中旬、青葉被告は再び、京都第一赤十字病院へ。転院の際、上田教授は「僕らと接して、少しは自分が変わったか」と投げ掛けた。

 青葉被告から返ってきた言葉は今でも鮮明に覚えている。

 「変わらざるを得なかった」ー。

 

 京都アニメーション放火殺人事件 2019年7月18日、住所不定、無職青葉真司被告が京都市のアニメ制作会社「京都アニメーション」の第1スタジオに侵入、社員らにガソリンを浴びせて火を付け、36人を殺害、33人を負傷させた。京都地検は殺人や現住建造物等放火など五つの罪で20年12月、青葉被告を起訴。今後の裁判員裁判では、責任能力の有無や程度が主要な争点になるとみられる。

 

うえだ・たかひろ 福岡市出身。日本救急医学会救急科専門医・指導医。日本熱傷学会熱傷専門医。開業医だった父の影響で医師を志す。2020年4月から鳥取大医学部付属病院救命救急センター教授。49歳。