地球の6分の1とはいえ重力があり、大気はない。そんな中を猛スピードで飛びながら機体の姿勢をすばやく自動制御し、目的地の100メートル以内に着陸する。しかも、そこは斜面。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型探査機「SLIM(スリム)」が月着陸に成功した。月着陸の成功は5カ国目。日本が比較的大きな重力の天体への着陸に成功したのは初めてで、今後の火星衛星などの探査に弾みがつきそうだ。
スリムは小惑星に着陸した探査機はやぶさに続き、より高度な着陸技術の確立を目的に計画された。小惑星は重力がほとんどなく、ゆっくりと接近できる上、降下のやり直しもできる。
月の場合、ゆっくり近づくことができない。降下にパラシュートは使えず、エンジンを噴射し減速する。それだけで探査機の質量の2~3倍もの燃料が必要になり、一発勝負で決めるしかない。旧ソ連も米国も1966年に成功するまで失敗を繰り返した。2013年に中国、昨年はインドが初めて着陸に成功した一方、ロシアは昨年失敗した。日本や米国などの企業、民間団体による着陸の試みも失敗が続く。
ただでさえ難しいのに、スリムでは達成すべき技術のハードルを上げた。従来の着陸が目的地の数キロ~十数キロ以内という精度だったのを100メートル以内とし、さらに傾斜地にも着陸できるシステムの開発を目指した。
日本の「かぐや」など月周回衛星が詳細な地形データをもたらし、月の謎を解くために、険しい地形への着陸が求められるようになったからだ。
月の起源を探るには、隕石(いんせき)の衝突によって月の深部からクレーターの周りに出てきた鉱物を調べる必要がある。存在が示唆される氷は太陽光が届かないクレーター内部にあるとみられている。
着陸の精度を上げるため、探査機のカメラが捉える画像とクレーターの地図を基に飛行を制御する技術や、計算能力が地上用の100分の1ほどしかない宇宙用コンピューターでもこなせる画像処理法を開発した。
降下する際、月面にある高さ15センチより大きな石をカメラ画像から識別し、安全な着陸地点を探す機能も備えている。
斜面への着陸では、まず1本の主脚で接地し、そのまま倒れ込んだところを補助脚で支える「2段階着陸方式」を考案。接地時にかかる2トン近い衝撃を吸収する部品の開発など、さまざまな独自技術を盛り込んだ。
目的地はクレーターに近く、傾斜は約15度。着陸成功は直後に確認できたものの、太陽電池が稼働しないというトラブルが発生し、着陸の精度はまだ分かっていない。
搭載した「マルチバンド分光カメラ」による岩石の調査も厳しい状況にある。地球に天体がぶつかり、その破片などから月ができたとされる説の検証を目指し、新たに開発された観測機器だ。
このため、JAXAも「ぎりぎり合格の60点」と厳しく評価している。太陽電池は光の当たり方が変われば復活する可能性があるといい、事態の好転を期待したい。
日本の宇宙探査技術は、欧米に比べて圧倒的に予算が少ない中で、着実に成長してきた。小惑星や金星の探査は、さまざまな謎を解き明かした。さらに技術を磨き、第一級の科学的成果を追求してほしい。