全取り調べの可視化を求める緊急声明を出し、記者会見する村木厚子さん(中央)。弁護士立ち会いの必要性も説いている=2023年8月30日、東京・霞が関の司法記者クラブ
全取り調べの可視化を求める緊急声明を出し、記者会見する村木厚子さん(中央)。弁護士立ち会いの必要性も説いている=2023年8月30日、東京・霞が関の司法記者クラブ

 日弁連は今月、警察や検察の取り調べに立ち会うなどした弁護士に支援金を出す制度をスタートさせた。逮捕・勾留中の国選弁護を中心に、弁護士が取調室内で容疑者や被告の隣に座り、黙秘権の行使や供述調書への署名などについてアドバイスをしたり、取調室の外に待機して折を見てやりとりをしたりするのを後押しする狙いがある。

 欧米や韓国、台湾では立ち会いが義務付けられ、ごく当たり前に行われる。日本の場合、そのような規定が刑事訴訟法にないため、弁護士が申し入れても捜査機関の判断に委ねられ、拒否されれば諦めるしかないのが現状だ。任意ではない、逮捕しての取り調べに立ち会いが認められることは、まずない。

 国連の機関は10年ほど前から取り調べへの弁護士立ち会いを保障するよう勧告などを繰り返してきたが、政府や捜査機関の腰は重い。しかし容疑をかけられたとき、最も助けを必要とするのが捜査段階の取り調べだ。過去に法相の諮問機関・法制審議会で立ち会いの可否が議論されたが、法制化は実現していない。

 自白の強要や、否認すれば勾留が長期化する「人質司法」など取り調べを巡る問題は後を絶たない。捜査機関の反対は根強く、日弁連の取り組みがどこまで広がるか見通せないが、これをきっかけに取り調べの実態に目を凝らし、積み残した課題の解決に向け議論を重ねていく必要がある。

 日弁連の制度では、取調室内の立ち会いに1回2万円、取調室の外に待機する「準立ち会い」に1万5千円の支援金を出す。また書面による捜査機関への立ち会い申し入れは3千円。任意で行われる取り調べや私選弁護は対象にしていない。

 2009年に厚生労働省文書偽造事件で逮捕された元局長村木厚子さんは否認を貫き、164日間勾留された末に無罪判決を手にした。その過程で大阪地検特捜部の検事による証拠改ざんや供述誘導などが明らかになり、法制審に捜査・公判の見直しが諮問された。

 法制審では14年、取り調べへの弁護士立ち会いも取り上げられた。だが捜査機関側が「取り調べの機能を損なう恐れがある」と反対。取り調べの録音・録画を巡る議論が優先されたのはやむを得ない面もある。

 裁判員裁判事件と検察の独自事件で取り調べ全過程の録音・録画を義務付ける改正刑訴法が19年に施行されたが、まだまだ十分とは言えない。

 軍事転用可能な装置を無許可で輸出したとして外為法違反罪などに問われ、後に起訴が取り消された大川原化工機側が国などに損害賠償を求めた訴訟で、昨年12月の東京地裁判決が供述誘導など違法捜査を厳しく指弾したのは記憶に新しい。また昨年8月には英国の裁判所が、警視庁に強盗事件で国際手配された英国籍の男について「取り調べで自白を強要されるなど人権侵害の懸念がある」と身柄引き渡しを認めない判断をした。

 村木さんは取り調べをボクシングにたとえ「リングにはアマチュア(容疑者)とプロ(検事)しかいない。レフェリーもセコンドもいない」と弁護士立ち会いの必要性を説いた。日弁連の制度とは別に、任意調べへの準立ち会いに力を入れる弁護士会もあり、一定の成果を上げている。交通事故なども含め、誰もが取り調べで弱者になり得ることを忘れてはならない。