「鷹匠(たかじょう)」や「随神(ずいじん)」の姿の子どもが愛きょうを振りまく「二轉門(にてんもん)」の屋台=鳥取市鹿野町鹿野
「鷹匠(たかじょう)」や「随神(ずいじん)」の姿の子どもが愛きょうを振りまく「二轉門(にてんもん)」の屋台=鳥取市鹿野町鹿野

 城下町の鳥取市鹿野町鹿野で伝統の「鹿野祭り」の本祭りが14日、6年ぶりにあった。地元7町内の約150人が「屋台」と呼ぶ山車やみこしなどを繰り出し、地区内を練り歩いた。

 

「鷹匠(たかじょう)」や「随神(ずいじん)」の姿の子どもが愛きょうを振りまく「二轉門(にてんもん)」の屋台=鳥取市鹿野町鹿野

 戦国末期の鹿野城主・亀井茲矩(これのり)が始めたとされる。江戸初期に亀井氏が津和野に国替えになると途絶え、江戸後期の1813年に住民が復活させたという。2年に一度の本祭りはコロナ禍で2020年、22年と見送っていた。

 

飾りの付いたサカキを担ぎ民家を訪ねる若者たち=鳥取市鹿野町鹿野

 サカキを担いだ若者たちを先頭に、弓・鉄砲隊姿の子どもが乗る「朱雀」の屋台、化粧姿の若者が乗る「青龍」の屋台、よろい武者など多彩な構成の行列が練り歩いた。道中、鳥取県東部で主流の麒麟(きりん)獅子ではなく、神楽獅子が民家の玄関先で舞い、幸を届けた。

 

民家の前で舞う神楽獅子。後方は化粧姿の若者が乗る「青龍」の屋台=鳥取市鹿野町鹿野

 祭りの責任者「年行司」の谷口政喜さん(72)は「このまま開催できなければ絶えてしまうという危機感があった。鹿野で生まれ育った者にとって、かっこいい祭りで残したい」と伝統をつないで胸をなで下ろした。

(桝井映志)