政府主導による新型コロナウイルスワクチンの企業・団体向けの職場接種の申請が6月25日に一時停止され、既に申請した一部企業・団体が国の承認を得られない事態に陥っている。
東京五輪・パラリンピックを前に、政府は当初、ワクチン接種を進めるよう大々的にアピールしたが、米モデルナ製ワクチンの輸入量が不安定になり、今後は職場接種を打ち切る可能性も浮上している。接種の順位が後回しの若い世代に期待をさせながら、同8日の受け付け開始から半月余りでの停止とは、見通しが甘すぎないか。
政府はモデルナ製ワクチンを9月末までに5千万回分(2500万人分)を供給するよう、同社と契約を結んでいる。このうち大学を含む企業・団体の職場接種に3300万回分(1650万人分)、国と自治体の大規模会場向けを1700万回分(850万人分)としている。
職場接種には6月25日時点で割り当てを超える、全国1821万人分の申し込みがあった。島根県は16企業・団体で約3万人分、鳥取県は42企業・団体の約8万5700人分に及ぶ。ところが、現時点で国が承認したのは島根で6企業・団体の約1万4千人分、鳥取は14企業・団体の約2万9500人分。両県ともに申請した半数以上の企業・団体の接種が宙に浮いた状態となっている。
どの企業・団体もある程度の広さがある会場に加え、医師や看護師といったスタッフの確保に労力をかけた上で申請しているが、このままだと市町村の接種の方が早く、努力が無駄になる恐れがある。国は少なくとも申請を受けた企業・団体に対して、責任を持って接種が完了するよう対応するのが筋だ。
米ファイザー社製のワクチンを使った医療従事者や高齢者への優先接種を進めると同時に、地方自治体の負担軽減を図るために始まった職場接種は、制度設計そのものが山陰両県のように人口の少ない地域が不利になるのは、実施以前から予想できなかったのだろうか。
特に接種人数が高いハードルで、最低千人を集める必要がある。首都圏では大手商社や鉄道会社など大企業が開始日に申し込んだ。大企業は企業内診療所があり、接種希望者の確保も容易にできる。
一方、山陰両県で従業員が千人を超える企業は限定的。職場接種に対応できる医師、看護師も簡単に見つかるものではない。それでも鳥取県トラック協会は会員企業に声を掛け、出雲医療看護専門学校は学生や教職員、同居家族や出雲市内の教職員らに接種を呼び掛け「千人以上」という条件をクリアし、職場接種に結び付けた。
接種希望者を束にするのは時間がかかる。これから申請という時に打ち切りとなった地元企業・団体も多いのではないか。都会の大企業が優遇されるワクチン政策は、迫る次期衆院選など政治的な背景があるのではないかという疑念すら抱かせる。
また、企業・団体をひとくくりにして申請はスタートしたものの、警察や自衛隊といった国民の生命を守る職種や、特別支援学校の教職員といった感染した場合に影響が大きい職種の人を優先すべきではなかったか。
東京五輪に迫られ、立て付けの悪い制度設計をして崩壊したように思える。希望する国民が10~11月に接種を終える政府目標が衆院選を終えて「できませんでした」では話にならない。