水槽の中という30センチ角程度の小さな世界で、時には色鮮やかなヒレを揺らしながら、時にはうろこに光を反射させながら優雅に泳ぐ魚たち。新型コロナウイルスの感染拡大で外出の機会が減っている今、自宅で飼育する観賞魚の人気が高まっている。犬や猫などの動物に比べて手間と費用がかからない上、かわいらしく泳ぎ回る姿が、日常生活やコロナ禍のストレスを癒やしてくれるのが理由のようだ。
水槽や備品などを含めても初期費用1万円以内で手軽に飼い始められるが、一匹数十万の魚や高額な備品をそろえる上級者もいるようだ。入門編と上級者編の2回に分け、奥深い観賞魚飼育の世界に迫った。(Sデジ編集部・吉野仁士)
記者は今まで魚を飼ったことがない。幼い頃に友人や親戚の家で見た水槽には、優雅な魚が泳ぎ、水をろ過するためのフィルターや水温を保つためのヒーター、水草や流木などさまざまな物が入れられていた記憶がある。
毎日の餌やりや水温管理、水替えも必要だろう。生き物の世話をするので当然だが、考えれば考えるほど大変そうだ。観賞魚は初心者でも手を出せるのだろうか。
▼宿泊旅行に行けるほどに手軽な飼育
今年で開業30年を迎えた観賞魚専門店のアクアプラザいしはら(松江市矢田町)を訪ねた。

「魚にもピンからキリまである。メダカなど初心者向けの魚なら、その水槽でも飼える」。石原洋二郎社長(79)が指さした水槽は、高さ20センチほどで片手に載るほどの大きさ。水槽と言えばある程度のスペースが必要で、玄関脇の靴棚の上などに鎮座しているイメージしかなかったが、驚きだった。

コロナが流行し、ペットを飼おうと思い立った人たちは、早くから観賞魚の魅力に気付いていたのだろう。店では、コロナ流行前と比べて観賞魚の売り上げが2、3割増えているそうだ。客層にも変化が見られ、30~50代の男性や夫婦が多かったが、最近は若い女性1人での来店も多くなったという。
「この魚をこういう水槽で育てたい」という育成プランを紙に書いて持ってくるほど、熱心な人もいたそうだ。石原社長は「自動給餌器(きゅうじき)があり、旅行などで自宅を数日空けても問題ない。魚は鳴き声を上げないのでマンションや住宅街でも飼いやすく、手軽さに注目が集まっているのでは」と分析する。
▼オススメ観賞魚ランキング
では、初心者が魚を飼いたい場合、どの品種が向いているのか。石原社長にオススメベスト3を聞いた。
3位・熱帯魚全般

まずはグッピーやネオンテトラなど外観も特徴的な品種が多い熱帯魚だ。水温管理が少し難しく、水槽を大きめ(2千円程度)なものにする必要はあるが、魚自体は1匹150円程度と安いため、一度に多数を飼うことができる。特徴的な見た目に愛着がわきやすく、水槽を泳ぎ回る姿に癒やされること間違いなしだろう。
2位・ベタ

大きなヒレが特徴的な魚。鮮やかな体色のものが多く、価格は2千円からと少々高めだが、美しい姿が人気だ。空気呼吸ができるため、大がかりな酸素機器を用意する必要がない点も魅力。美しい魚だが、本来は縄張り意識が強く、オス同士を近づけるとヒレを広げて威嚇したり、攻撃したりする。1匹を小さな水槽で飼うスタイルだ。
1位・メダカ

飼いやすさ、愛らしさで昔から不動の人気を誇る。1匹50円ほどのものもおり、単に飼うだけなら小さな水槽と水草、エサがあればよい。冬以外ならヒーターも必要ない。ただ、石原社長のおすすめは、5匹ほどを同じ水槽に入れ、群れで泳ぐのを観賞すること。交尾をすれば、雌がおなかに卵を付けて泳ぎ回るようになるため、ふ化を待ち望みながらその姿を見るのがたまらないという。
今回聞いた魚は初心者向けのものだったが、店内には中上級者向けの高価な魚も多く並んでいた。最高価格は、アジアアロワナの15万円。魚と新車のスクーターがほぼ同額とは。魚にも上には上があるのか・・・初心者には信じられない世界だ。
「高価な魚に興味があるなら、詳しい人がいる」。水槽に貼られた値札を苦い顔で見る記者に、石原社長が言った。観賞魚や観賞エビをかなりの数集めている常連客がいるそうだ。観賞魚という、知らない世界のさらに深い部分に触れられる。そう思い、向かった常連客宅で記者が目にした光景とはー。(上級者編に続く)
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▼初心者が特に気をつけたい3つのポイント
お店で複数匹のメダカや金魚を買って帰り、自宅に眠っていた水槽に水道水を入れ、メダカや金魚を入れたら翌朝には全滅していたー。そんな経験をした人も多いのではないか。元気でかわいらしい姿を観賞するための、ポイントを整理した。
・自宅の水槽で使う水には中和剤が必須
水道水には魚に有害な塩素が含まれており、そのまま水槽に使うと魚は長生きできない。500円程度の中和剤を入れた水を使うか、水槽に使う予定の水道水をバケツに入れて1日置き、塩素を抜いてから魚を入れる必要がある。複数のメダカや金魚を飼育するなら、水槽に空気を供給するポンプや水の汚れを防ぐフィルターなどもあり、利用したい。
・餌のやり過ぎはNG
水に次いで初心者が注意すべき点は餌の量。魚が食べきれないほどの餌を入れると、水が汚れて病原菌がわきやすくなるほか、汚れを分解するため酸素が余分に必要になり、魚の健康状態に影響する。餌を食べる量には個体差があるが、石原社長は「餌をやってから30分たっても餌が残っているようならやり過ぎ。最初は量がわからないと思うが、少しずつ見極めてほしい」とアドバイスする。
・複数飼う場合も1匹から
飼う数が増えるほど水が汚れる早さも上がる。水の汚れを防ぎ、水中の病原菌を分解してくれる「バクテリア溶液」(800円程度)があるが、取り扱いに注意が必要。水槽に入れてバクテリアが作用し始めるまで約2週間かかるため、最初から魚を複数匹入れると菌の処理が追い付かず、病気のリスクが上がる。複数飼う場合も最初は1匹から始め、2週間たってから魚を増やした方がよい。魚だけでなく、バクテリアの世話も重要というわけだ。何事も計画的に取り組む必要がある。
以上3点を守れば、どの品種でも少なくとも3年は生きるという。石原社長によると、飼い主の顔も覚えるため、犬や猫にも劣らないほどかわいいと言う。「慣れればエサをやろうと近づくだけで、口から泡を飛ばしながら近寄ってくる。人間と違って邪念もないからいいですよ」。石原社長の過去に一体何があったのかまでは聞けなかった。