観賞エビとして人気が高い「レッドビーシュリンプ」
観賞エビとして人気が高い「レッドビーシュリンプ」

 新型コロナウイルス禍でペットの観賞魚に癒やされる人が増えていると聞き、観賞魚専門店のアクアプラザいしはら(松江市矢田町)を訪ねた。観賞魚の説明をひと通り受けた後、石原洋二郎社長(79)から「観賞エビを飼っていることで有名な常連客がいる」と聞いた。魚ではなく、エビを飼っている人もいるのか。観賞エビは1匹数万円もするということを聞き、びっくり! 常連客はかなりの数を飼っているそうだ。高級食材として知られる伊勢エビ(1匹1万円程度)を軽く超える観賞エビとはどんなもので、飼育する魅力とは何か。「飼うより伊勢エビ食べた方がいいなぁ」と思いながら、常連客の自宅へお邪魔した。 (Sデジ編集部・吉野仁士)

 ▼投じた費用は計100万円以上

 「自慢できるほどじゃありませんが…」。謙虚に話すのは松江市竹矢町の会社員、松本力也さん(43)。飼育する観賞魚の種類の豊富さが愛好家の間で一目置かれており、特にエビ飼育の腕に関しては島根県内でも随一だそうだ。

松本力也さん宅の玄関に並ぶ水槽。店舗と見まがうほどの光景だ

 玄関に入るといきなり11個の水槽に出迎えられた。中では体に白黒や赤白のしま模様を持つ、大きさわずか2センチほどの小さなエビ数十匹が水底を歩き回る。魚のように優雅に泳ぎ回りはしないが、水底をちょこまかと歩き、時折跳ね上がって水中を漂う。透き通る体を水槽の照明が照らし出し、美しさと同時にかわいらしさを感じた。

黒と白の柄が特徴的なゼウスジェネレーション。写真は餌を食べているところ

 松本さんは現在、レッドビーシュリンプ、ゼウス、太極(タイヂ)など計6種類を飼っていて、特にゼウスは高いもので1匹10万円もするという。「えー、10万円!」。金額を聞いただけで、頭の中がクラクラしてきた。これまでエビや観賞魚に費やした金額について聞くと、「設備費を除いたエビや魚本体だけでも合計100万円は超えていると思う」と笑った。

 ▼最適解の無い飼育
 20年近く前から趣味程度に魚を飼っていたという松本さんがエビの飼育に目覚めたのは約5年前。観賞魚に関する雑誌やネットを見て観賞用のエビの存在を知った。「きれいだし、自分にも飼えそうだ」。当初は軽い気持ちで飼育を始めた。

 いざ飼い始めてみると、エビの飼育難易度は想像以上だった。エビは水質に敏感で、弱酸性の水を好む。水の汚れがすぐに健康に影響するため、魚以上に気を遣う必要があった。

 エビ飼育の際は水槽に「ソイル」という、水中の菌を分解し、水質を酸性にする効果を持つ土を敷く。敷いてすぐの頃はエビに有害なアンモニアを放出するため、数週間~数か月はエビを入れずに待たなければならない。ソイルの分解効果は日がたつにつれて薄まるので、水槽にエビを入れた後は適切な時期に取り換える必要がある。

自身が育てたエビを紹介する松本力也さん。手塩に掛けて育てたエビを見つめるまなざしは我が子を見守る親のように温かい

 松本さんはエビの投入時期とソイルの交換時期についての目安を事前に調べていた。ただ、水質に敏感なエビは少しでもアンモニアが残っていると健康を害する。結局は何度も失敗しながら、自身の水槽の環境に合った交換時期を見極めた。「決まった正解が無く、自分の感覚で最適な正解を見つけなければいけない。とても育てがいがある」。凝り性の血が騒いだ。

 今では、苦労して育てたきれいなエビたちが水槽内を元気に泳ぐ姿を毎晩眺めて楽しんでいる。「生まれた時から『どんな個体に育つのかな』と期待しながら毎日見ているので、自分の子ども同然。成長していく様子を見ていられるのが何よりうれしい」と目を細める。

 ▼「ブリーダー」への憧れ
 松本さんをとりこにしたもう一つの魅力が、状態の良いエビ同士を交配させてより優れた個体を生み出す愛好家「ブリーダー」の存在だ。

 観賞エビには「グレード」と呼ばれる指標があり、同じ種類でも体色の濃さや模様の統一性などで価値が大幅に変わる。きれいなエビ同士を交配させればきれいなエビが生まれるというわけではない。体色に加えて健康状態や繁殖力なども見ながら、ブリーダーが持つ長年の経験と勘で最適な交配の仕方を見つける必要がある。

 本気で取り組む人は、数十匹いるエビの中から厳選した数匹のエビ専用に大きな水槽を買ったり、快適な環境を保つため、一日中エアコンをつけたままの飼育専用部屋を用意したりするという。並大抵の知識、熱意ではここまでできない。「だからこそ、ブリーダーが育てたきれいなエビは評価され、高くなる」。熱弁する松本さんは、まさに水を得た魚のようだった。

 ▼目指すは島根のトップブリーダー
 きれいな個体を次々生み出すブリーダーの存在を知ってから松本さんのこだわりは増した。水中の不純物を無くす浄水器を購入し、エビの成長に必要なミネラルなどの成分は個別に投入。水をろ過するフィルターは水槽一つにつき2個使用し、半月ごとに片方を交換することで、よりきれいな水質を保てるよう工夫した。

水槽の不純物を取り除く浄水器。エビにとって最適な環境を整えるための機器が他にいくつもあった

 努力のかいあって良質な個体も増えた。安定供給ができるようになれば、今後はインターネットのオークションなどに自身のエビを出品していく考え。「島根県内では観賞エビに興味を持っている人がまだ少ない。良い個体を生み出し、島根のトップブリーダーになって観賞エビの魅力を広めていきたい」と夢を描く。

 観賞魚以上になじみが薄く、多くの人に知られていない観賞エビの世界。かかる費用と手間は魚以上だが、エビ特有の美しさとかわいらしさを楽しめる。愛好家のエネルギーには驚かされるばかりだ。

 コロナ禍で癒やしを求める観賞魚の世界を取材したが、魚もエビもそれぞれに、奥が深いことを実感した。