新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、外出の機会が減り、足で歩くことが少なくなった人は多いのではないか。外出自粛による運動不足は加齢による筋肉の減少を助長する恐れがあると、専門家は警告する。ジムに通う時間がない人のため、自宅で手軽にできる下半身の運動方法を紹介する。(Sデジ編集部・吉野仁士)
日本人の運動不足はコロナ以前から指摘されていた。豪州・シドニー大学が2011年、20カ国・地域を対象にした調査によると、日本の総座位時間は1日あたり420分で、サウジアラビアと並んで世界1位。全体の平均座位時間は1日300分で、日本は2時間も長い。諸外国と比べて足を使っていないことを示している。
筑波大大学院と健康機器メーカー「タニタ」が20年春、東京都の大手企業社員約100人を対象に在宅勤務の影響を調査した。在宅勤務を取り入れた後の社員の歩数は、取り入れる前と比べて多くが1日あたり約30%減り、中には70%減った人もいたという。
▼筋肉は20代がピーク、年々減少
筋肉や骨格の仕組みに詳しい、島根大医学部付属病院(出雲市塩冶町)リハビリテーション部の理学療法士、川本晃平さん(36)を訪ねた。川本さんは日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー。島根県アスレティックトレーナー協議会会長としてアスリートの競技力向上やスポーツ医・科学の発展に取り組む。

川本さんは「コロナによって体を動かす機会が減ることで体力や筋肉が衰えたと感じる人が多く、心身の不調を訴える人が増えた」と現状を説明する。人間の筋肉量は20代以降、年に1%ずつ減少すると言われ「外出自粛による運動不足は、加齢による筋肉の減少を助長する恐れがある」と警鐘を鳴らす。
川本さんによると近年、加齢による足腰の衰えで自立や歩行ができなくなる「ロコモティブシンドローム」(ロコモ)が問題視されるという。転倒や骨折が増えるほか、自立や歩くことができなくなることで生活習慣病を併発する事例もあり、下半身の筋力低下は重大な健康障害を引き起こす恐れがある。かつては高齢者特有の問題と思われたが、外遊びが減った園児や児童にも似た傾向が見られ「子どもロコモ」という言葉も生まれた。
川本さんは座る時間が長くなることで、骨盤を安定させる体幹や股関節周辺の筋肉が弱まりやすくなると指摘する。筋肉が弱まると、骨盤が後ろに倒れることで背中が丸まって姿勢が悪くなり、首や腰にも影響を及ぼす。老後に転びやすくなることにもつながるという。川本さんは「元気で筋肉量がある若い時に、しっかり負荷をかけて筋肉を貯めておくことを心掛けてほしい」と呼び掛けた。
▼下半身の筋肉増量にチャレンジ
今回紹介するのは太もも前後やふくらはぎといった下半身全体を鍛える「コンビネーションカーフレイズ」と、下半身と体幹を鍛える「フォワードランジ」。どちらも自宅で手軽にできる運動だ。動画を交えて紹介する。
◯コンビネーションカーフレイズ

①立ったまま、足を肩幅よりもやや広く広げる。膝とつま先は真っすぐ前に向けるが、足首が硬い人はつま先を少し外側に向けてもよい。
②両手を腰に当て、スクワットの要領で膝を90度程度曲げる。膝がつま先より前に出ないよう注意する。背中を真っすぐ伸ばしたまま、お尻を後ろに突き出すイメージ。
③②の体勢のまま両足のかかとを上げてつま先立ちになる。体重は足の親指の付け根付近にかかるよう意識する。
④③の体勢のまま膝を伸ばして体を起こし、ゆっくりかかとを床に着ける。
下半身の運動として有名なスクワットは太ももの前後の筋肉を鍛える運動だが、コンビネーションカーフレイズはふくらはぎも含め下半身全体の筋肉を一度に鍛えることができるとのこと。
31歳の記者と、同じSデジ編集部の男性上司(38)で、1セット(10回)をやってみた。記者は、車通勤で普段から足をあまり使わない上、記事の執筆や配信事務で3時間程度は座って作業する。上司は外に出る機会が少なく、就業時間のほとんどを座って過ごす。2人とも運動の習慣はなく、上司は会社と自宅の間4キロを自転車で通うのが唯一の運動らしい。
川本さんの動画に合わせて、1回ずつ掛け声を出しながら開始。5回を過ぎたあたりから、上司の膝がぐらつき始めた。疲れに伴って、掛け声に覇気がなくなっていく。運動の中では特に④が難しく、体を起こした時によろけないようにするのが精いっぱいだった。10回終わった後は、特に太ももの前後とふくらはぎが張り、しばらく小刻みに震えていた。それでも、継続するのが嫌になるほどの疲労感はなく、体が火照り、程よい運動を終えた後のような爽快感があった。これなら帰宅後や寝る前などのちょっとした時間に、毎日続けることができそうだ。
◯フォワードランジ

①ポリタンクに水を「やや重い」と感じる程度入れ、鍛えたい方の足と逆の手で持って立つ。
②ポリタンクを持ったまま、鍛えたい方の足を一歩前に大きく踏み出し、重心を落とす。
③①の体勢に戻る。負荷を上げたい場合は、水の量を増やしたり、踏み出す足と同じ方の手でポリタンクを持ったりするとよい。
フォワードランジも太もも全体を鍛える運動だ。川本さんによると、より効果的に体幹を鍛えるために、一歩踏み出す際、ポリタンクを両手で持って前に伸ばし、早く大きく左右に振るという方法もあるという。
見よう見まねでやってみた。最初は「ポリタンクに入った水は少量だしこれなら余裕」と思ったが、揺らすと水がポリタンク内で波打ち、想像以上にバランスを崩された。水の重さと波の動きとが二重の負荷になり、踏み出す足が回数を重ねるごとに重くなる。単純な動きにもかかわらず、10回繰り返した時点で少し息が上がって汗がにじんだ。動かした太ももだけでなく、腰回りも疲れたため、下半身だけでなく体幹の筋肉に効果がありそうだ。
どちらも10回を1セットとし、慣れないうちは1日1セットから始めてもいいそうだ。2~3セットできるようになれば、十分に負荷がかかった運動になるという。今回の運動は膝や足首の靭帯を損傷した患者へのリハビリテーションや、けがを予防するための運動として実践されている。主に踏み込む時の動作や、ジャンプする際の踏切と着地動作の訓練になり、運動能力向上にもつながるそうだ。
今回は主に働き盛りの男性に向けた筋力向上のための運動だったが、女性がやっても同様に下半身の筋力向上につながる。性別や年齢によって効果的な運動方法は変わり、足を細く引き締めるために有効な、女性にとってはうれしい運動方法もあるという。
川本さんは「日常動作だけではなかなか筋肉増量には結びつかない。日常的に負荷をかける意識を持ち、運動に取り組んでほしい」と助言した。
紹介したトレーニングをやってみると、最初は筋肉痛に悩まされる日が続くかもしれない。このところ、運動不足や歩いていないと感じる人は、きれいな姿勢を維持し、年齢を重ねても地面をしっかり踏みしめて歩けるように、程よい負荷をかける生活を取り入れてみてはどうだろうか。