企業、大学を対象とする新型コロナウイルスワクチンの職場接種は、ワクチン供給が追い付かなくなったため本格開始の2日後に政府が新規申請受け付け停止を発表した。再開の見通しはつかず、このまま打ち切りになる可能性もある。

 自治体や自衛隊による接種を補う職場接種は、菅義偉首相が掲げた10~11月までに全希望者へ打ち終える目標に向け、作業加速化の切り札だった。しかしスピードを優先するあまり、需要見通しを甘く見た上、過大な量の申請をチェックする態勢なども未整備だった。

 大企業は早く申請して接種が進む一方、医療従事者確保など準備に時間を要した未申請の中小企業は、はしごを外された形だ。前例のない大規模ミッションとはいえ、やみくもな「強行軍」では国民の命と健康を守り切れない。市区町村による接種向けのワクチンも滞り始めた。政府はワクチン供給を軌道に戻すことに全力を挙げてほしい。

 政府は、若者を含む現役世代の接種率を一気に上げようと、同一会場で最低千人程度に2回打つことを基本に職場接種を開始した。使うのは5千万回分の供給契約を結んだ米モデルナ製ワクチンで、うち3300万回分を職場接種に割り当てた。だが早々に申請が供給を上回るペースとなり受け付けを止めざるを得なくなった。

 現場を混乱させる朝令暮改の対応だと言わざるを得ない。河野太郎行政改革担当相は原因に関し、従業員約千人の企業がワクチン5千回分を求めるなど過大な申請が散見されると述べた。実際に多すぎた例もあるだろうが、家族や取引先、近隣住民まで接種対象を広げるよう求めたのは政府だ。民間のやる気を駆り立てながら、過大請求を指摘するのはちぐはぐな対応と言わざるを得ない。

 企業や大学には反発、戸惑いが広がる。受け付け停止直前に駆け込み申請したが、予定する複数会場のうち一部にワクチンが回らない企業もある。経済同友会は地方で計画していた中小企業対象の集団接種を取りやめた。打ち手や会場を確保しながら申請できなかった企業は、それまでの手間やコストが無駄になる。この混乱の責任は重い。

 政府はモデルナ製の逼迫(ひっぱく)を受け、都道府県などが新たに開設する大規模接種会場向けをモデルナ製から米ファイザー製に切り替え、余ったモデルナ製500万回分を職場接種に回す方針だ。異なるワクチンのすみ分けがきちんと管理できるなら、こうした融通を利かせて危機を乗り切りたい。

 ただ、市区町村による個別・集団接種に従来使用されてきたファイザー製も現場に十分届かなくなっている。大阪市は、医療機関からの申請に追い付かないとして7月から個別接種向けのファイザー製供給を制限した。自治体や医療機関の一部に在庫が滞留し、必要な地域に回らないのが原因とされる。政府は自治体と連携し、早急に在庫の実態を調べて配分先を再調整してほしい。

 また政府は英アストラゼネカ製1億2千万回分も調達契約済みだが、まれに血栓症の副反応があるため使用を見送っている。だが海外では十分な接種実績と効果が報告されている。ワクチン供給の逼迫解消には、リスクを慎重に見極めた上、比較的安全とされる60歳以上に限定して使う選択肢もあり得るのではないか。