厚生労働省は今夏、公的年金の「財政検証」を公表する。人口や労働力の推計と経済変動のシナリオに沿い、年金財政収支の長期的な見通しを点検するものだ。財政検証の実施は5年に1度。検証結果を基に、厚労省は将来の適切な給付水準の確保に向け、求められる制度改革のメニューを固めることになる。
足元では人口減少が加速し、物価は上昇基調にある。社会や経済の構造変化を見極めるのは難しいが、財政状況の先行きを見定め、必要に応じて改革を続ける努力は欠かせない。
注目したいのは、財政検証の一環として行われる「オプション試算」だ。一定の制度改革に踏み切った場合に、年金財政へどのように影響を及ぼすかを測る試算である。
最大の焦点は、国民年金(基礎年金)の保険料納付期間について、現行の20~59歳の40年間から20~64歳の45年間に延長する改革案だろう。納付が5年長引くとして「負担増だ」と反発する声が上がっているが、納付延長する分は給付も増額される。終身で受け取れる基礎年金が増える効果は見逃すべきではない。
現行制度では、少子高齢化に応じて給付を抑制する「マクロ経済スライド」が導入されており、将来の給付は目減りが避けられない。特に基礎年金で影響が大きい。基礎年金だけを老後に受け取る自営業者ら国民年金の加入者や、厚生年金加入でも賃金が低く報酬比例部分が少ない人にとって深刻な事態となりかねない。納付延長は給付減に歯止めをかける選択肢となり得よう。
また、厚生年金から基礎年金により多くの拠出金を出すことで、マクロ経済スライドによる基礎年金の給付抑制期間を短縮した場合も試算する。この改革案も基礎年金給付を底上げする措置だ。
厚生年金の適用要件を緩和して、パートなど時間労働者の加入者をさらに増やす案もオプション試算の対象となる。厚生年金に入る人が多くなれば、基礎年金だけより手厚い給付を受ける人が増えるから、将来の給付水準は確実に高まるだろう。
厚生年金の適用拡大は2016年以降、徐々に進められている。試算では、勤務先企業の規模にかかわらず加入を可能としたり、労働時間や賃金などの要件を見直したりした場合の効果を見る。
このほか、厚生年金と賃金の合計額が月50万円を超えると年金を減額・停止する「在職老齢年金制度」の見直しも試算対象となる。制度自体の廃止や、減額基準を緩めた場合の影響を調べる。同制度には「高齢者の就労意欲をそぐ」といった批判が根強い。もっとも、制度を廃止すると年金財政を悪化させる副作用も懸念される。試算を通じて影響の大小を見極めたい。
オプション試算で仮定する改革案は、25年度と目される次期年金制度改正に盛り込まれると確定したものではない。ただ、それぞれの改革案は、基礎年金の給付水準の底上げを通じて高齢期の所得格差を縮める「再分配機能」を強化することや、就労を促進し働き方をゆがめない仕組みの構築を目指している。制度見直しの方向性としては間違っていない。
オプション試算を含む財政検証が、これからの年金制度の安定的な運営に向け、冷静で建設的な議論の材料となることを期待したい。