袴田巌さんの再審公判が結審した。静岡県で1966年、みそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田さんの再審請求を巡り、最高裁による審理差し戻しを経て昨年3月、東京高裁は再審開始を決定。無罪となる公算大とみられる中で10月以降、検察は静岡地裁の法廷で有罪立証を展開し、改めて死刑を求刑した。
死刑が確定した翌年の81年に申し立てた第1次再審請求は退けられ、袴田さんは第2次請求で2014年、静岡地裁の再審開始決定により釈放されるまで半世紀近くも拘束が続いた。そのため拘禁症状の影響で意思疎通が困難になり、法廷に立つことはできない。今年3月、88歳になった。
地裁決定は検察が即時抗告して取り消され、再審開始が確定するまで9年かかった。そして再審公判。検察は確定審や再審請求審の証拠を多数提出して有罪立証に時間を費やし「蒸し返し」と批判された。手続き上、問題はない。ただ再審開始決定で捜査機関による「証拠捏造(ねつぞう)」の可能性が指摘され、意地になったようにしか見えない。
袴田さんは長年にわたり司法に翻弄(ほんろう)され続けた。その終わりがようやく見えてきたが、一方で冤罪(えんざい)被害者の救済を目的とする再審制度は検察に振り回され、機能していないことが浮き彫りになった。救済と真摯(しんし)に向き合い、審理長期化に歯止めをかける必要がある。
再審請求審と再審公判を通じ最大の争点は、確定判決で袴田さんの犯行時の着衣とされた「5点の衣類」に付着した血痕の色合いだった。衣類は事件の1年2カ月後、一審公判中に袴田さんが働いていたみそ製造会社のタンク内でみそに漬かった状態で見つかり、血痕に赤みが残っていた。
弁護団は血痕のみそ漬け実験を重ねて、1年以上漬けた血痕に赤みは残らないと主張した。高裁は検察の実験も踏まえ、みその成分との化学反応により赤みは残らないと結論付けた上、発見と近接した時期に袴田さん以外の第三者がタンク内に入れた可能性に言及。捜査機関による捏造の可能性が極めて高いとした。
タンク内よりも血痕に赤みが残りやすい条件下で行われたとされる検察の実験でも、赤みが残らないという結果が出たのは大きかっただろう。それでも、再審公判で検察は専門家の共同鑑定書を基に「赤みが残るのは不自然ではない」と強調。5点の衣類が犯行時の着衣とし、確定審の証拠と合わせ、袴田さん有罪の主張を維持した。
再審を巡り請求人と弁護団に対し、検察は優位に立つ。刑事訴訟法に証拠開示に関する規定はなく、有罪立証に都合の悪い証拠は出さない。袴田さんの第1次請求では開示に応じず、再審開始につながった5点の衣類のカラー写真などが開示されたのは第2次請求中の10年になってからだ。
遅過ぎる。さらに再審開始決定にはDNA鑑定のような決定的な証拠でも出てこない限り、漏れなく抗告して不服を申し立てる。これでは、長期化を避けようがない。検察に全ての証拠開示を義務付けたり、抗告を禁止したりする再審法整備の議論は停滞したままだ。制度改正には時間がかかるだろう。検察は冤罪救済を放置せず、再審で検察庁法がうたう厳正公平な「公益の代表者」にふさわしい役割を果たすことが求められる。