世界一の美声の歌手は誰か。英国のドリームポップバンド、コクトーツインズのエリザベス・フレイザーは有力候補だろう。ささやくような裏声は「天使の歌声」と呼ばれ、地声の歌と多重録音して引き立て、神秘性を醸し出す。アルバム「トレジャー」(1984年)はとりわけ神々しい。
何と言っているか、英語なのかさえ不明瞭な歌い方も持ち味で、収録曲「ローレライ」はエコーをかけてループするギターの音色も相まって浮遊感が漂う。「アロイシウス」はハアアアアーという裏声に昇天させられそう。「パンドラ」は早口の地声とふわーっとした裏声のコーラスが合わさって不思議な曲だ。
歌唱力がさえるアルバムは「ブルー・ベル・ノール」(88年)。収録曲「キャロラインズ・フィンガー」では裏声で巻き舌という荒技を見せ、「サックリング・ザ・メンダー」では限界に挑むかのような高音を発する。タイトル曲は魂を抜かれそうな美声に、ヒッヒッヒッと声を震わせる歌い方を交えるのが面白い。歌唱法の鍛錬かと思わせるアルバムだ。
神々しさや挑戦的な歌唱はないものの、よりポップで親しみやすくなったアルバム「ヘブン・オア・ラスベガス」(90年)は、コクトーツインズのドリームポップの完成形だとされる。好きな収録曲は「ピッチ・ザ・ベイビー」。アルバム「ビクトリアランド」(86年)はドラムを使っておらず、癒やし系の音楽みたいな仕上がり。ドラムをうるさく感じる人にはこのアルバムがお勧めだ。
美声の歌手と言えば、アルゼンチンのフォルクローレ・デュオ「クリスティーナとウーゴ」のクリスティーナが世界屈指だと思う。よく伸びて張りのある美声。声を転がすように歌う技を見せ、人間の声と思えないような高音も発する。
そのクリスティーナとタイプは違うが、エリザベスにも同じくらい感動した。
アイスランドのビョーク、日本の宇多田ヒカルのように各国の歌姫にもエリザベスのファンがいるらしい。熱心なのが中国のフェイ・ウォン(王菲)で、コクトーツインズの曲をカバーし、曲の提供も受けた。例えば「ブルー・ビアード」(1993年のアルバム「フォー・カレンダー・カフェ」に収録)のカバーは裏声のコーラスを含め、よく再現していて面白い。
でも、「キャロラインズ・フィンガー」「サックリング・ザ・メンダー」みたいな難曲は無理だろうと考えてしまうのは、エリザベスびいきか。
(志)