中国できょう、35年前の事件に思いを至らせる人がどれほどいるのだろうか。
1989年6月4日、民主化などを求めて北京の天安門広場に集まっていた学生らを軍が鎮圧し、多数の犠牲者が出る大惨事となった。中国にとって建国以来、最大級の事件だ。だが、共産党は必死に事件についての記憶を操作し、人々の脳裏から消し去ろうとしている。
学校で教えられることもなく、事件を知らない若者も多い。インターネット上では、事件に関連する検索もブロックされる。習近平国家主席の主導で2021年に開設された巨大な共産党歴史展覧館は党の輝かしい歴史を列挙しているが、事件についての展示はない。ただ、改革派の指導者、〓小平氏の活躍を記したコーナーに鎮圧直後に軍部と接見した〓氏の写真が1枚あり、小さな文字で「反革命暴乱を平定した」と一言あるだけだ。これでは背景を知らない人には分からない。
中国政府は事件について外国メディアから聞かれると「対応は完全に正しかった」と繰り返す。では、なぜ隠すのか。
「全体主義の政府が発見したことの一つに、巨大な穴を掘って、そこに歓迎できない事実と出来事を放り込んで埋めてしまうという手法がある」。ナチズムを研究したドイツ出身の米政治哲学者ハンナ・アレントが指摘する行為そのものだ。
当時、学生たちは開明的な指導者だった胡耀邦元総書記の死去をきっかけに集まり、100万人規模となった。政治体制の民主化や官僚腐敗の一掃を要求した平和的なデモを党は「動乱」と決めつけ、銃口を向けた。
事件以来、国際社会は政治体制の民主化や人権状況の改善を求めてきたが、改善されるどころか、後退している。
1997年に英国から中国に返還された香港では長年、天安門事件の犠牲者を追悼する集会が開かれてきた。だが、習指導部下で香港の高度自治は骨抜きにされ、集会は開けなくなった。先月には事件への思いをフェイスブックに書き込んだ民主活動家ら6人が、国家安全条例違反容疑で逮捕された。当局は「扇動の意図」があったとするが内容は犠牲者を追悼し「(歴史を)忘れるな」と訴えているだけだ。香港人からも事件の記憶を消し去りたいのだろう。
事件が庶民の記憶から消える一方で、当局はこの日を警戒し、不満のある関係者を厳しく監視するのが常だ。
犠牲者遺族の会「天安門の母」も行動を制限され、事件35年の追悼動画をネット上で公開した。当時、軍は民衆を戦車でひいた上、病院には治療をさせないよう指示。市民の救命活動も阻止したと批判し、真相究明と賠償、責任追及を求めている。
中国は「安定」「経済発展」の名の下に、鎮圧を正当化し、政治体制の民主化も拒否し続けている。共産党は「中国式」の民主化があるという。だが「天安門の母」のように中国人自身も、民主主義国家の庶民と変わらない普遍的な正義を求めている。
中国の指導部は、事件への対応が正しかったと胸を張るなら事件の真相を明らかにし、その正当性を国民に堂々と説明するべきだ。記憶の集積が歴史として人類の未来への道しるべとなる。権力による記憶の抹消は許されない。