
パリ五輪で選手たちの歓喜と悲嘆が交錯する中、別のステージに挑む95歳スイマーがいる。出雲市多伎町多岐の木村悦子さん。95~99歳区分の女子平泳ぎの3種目で今春、世界記録を更新した。戦中戦後の混乱や、その後の苦難も乗り越えてきた。更新後に残した「さんずの川でも世界記録挑戦が待っている。案外ターンしてくるかも」は名言だ。本当にそうかもと思えるほど、プールで輝く。(interviewer黒沢悠太)
半世紀近くのブランク
鳴りやまぬ拍手は最大の賛辞のようで、95年生きてきた中で訪れた最良の瞬間だった。4月上旬の日本マスターズ水泳短水路大会。観客は表彰式で世界新記録をたたき出した快挙をたたえ、木村さんがプールから去り、更衣室にたどり着くまで手をたたき続けた。
ここに至るまでは長かった。
水との出合いは早い。広島県呉市で生まれた。瀬戸内の海が近い。小学校から帰るとかばんを家に放り投げて海で遊んだ。小学校卒業後に父親の古里、多伎(現・出雲市多伎町)に移り、今市高等女学校(現・出雲高校)に進学。水泳部に入った。
冬の氷の張ったプールに飛び込んだ経験もある。当時は今のように、消毒薬が手に入らない時代。緑に変色して何も見えない水の中でも泳いだ。猛練習のかいがあり、島根県代表に選ばれ、九州に遠征もした。もう80年も前の話だ。
それからはプールを離れるしかなかった。戦争に仕事や育児。つらい記憶も少なくない。
60歳の時に遠い昔を思い出し、再び泳ぎ始めた。半世紀近くのブランクを経ての復帰戦は1991年に東京であった大会。スタート前の緊張感やゴール後の爽快感は女学校時代に味わった時と同様、たまらなかった。

90歳の時、90~94歳の部で7種目の日本記録を更新したのに満足し、競技を離れたが、プールが恋しくなった。95歳を迎えた今年1月から、JSSスイミングスクール出雲(出雲市渡橋町)に通う。
「95歳の後輩たち」の壁に
今、目標とするのは10月に松山市で開かれる「愛媛県マスターズ水泳短水路大会」だ。平泳ぎ25メートルの95~99歳区分に出場する。これは”おいしいレース”になるかもしれない。...