国民の「安全」を守り、暮らしに「安心」をもたらす。一国のリーダーにとって最大の責務であることは言うまでもない。世界が注目する東京五輪・パラリンピックの開幕が迫った日本で、菅義偉首相はその使命を果たしているのか。
五輪開催都市である東京で新型コロナウイルスの感染者が急増している。1日当たり千人を超す新規感染者数の報告が続き、5月の「第4波」ピーク時を上回っている。4度目になる緊急事態宣言が発令中だが、その効果は表れていない。
専門家は現在の増加ペースで推移すれば、五輪閉会後には2400人程度に上るとの試算を公表した。年末年始の「第3波」さえ超える水準だ。東京など首都圏の感染者数は全国のおよそ3分の2を占めている。
今後、インドに由来する感染力が強いデルタ株への置き換わりが進み、感染再拡大が首都圏から全国に波及する可能性もある。感染を収束させられないのは、政府対策の不備や迷走が第一の要因だろう。
それでも五輪は23日に開幕する。21日には一部競技が先行して始まる。菅首相が「安全、安心な大会を実現する」と主張し、開催に突き進んできたためだ。1964年以来、日本では2度目となる夏の五輪には選手約1万人、大会関係者約4万1千人の来日が見込まれ、入国は本格化している。
五輪は選手らと外部の接触を遮断する「バブル」方式で運営され、10都道県での広域実施となる33競技・339種目の大半は無観客の会場で行われる。菅首相は選手らの多くがワクチン接種を済ませている上、厳格な検査と行動制限を課すことで、ウイルスの国内流入を防ぐと強調する。
だが、事前合宿先で感染が判明した例もあり、水際対策は万全ではあるまい。選手村には、2回目の接種を終えていない日本人スタッフらが出入りする。管理の緩さが露呈した関係者の行動も問題視されている。
バブルに穴がないか常時点検するとともに、五輪を発生源としたクラスター(感染者集団)を認知した場合、大会を続行するかどうかを検討しておく必要がある。
菅首相はコロナ禍で行われる東京五輪の開催意義を巡って「世界が一つになり、難局を乗り越えていけることを発信したい」と繰り返している。さすがに「コロナに打ち勝った証し」との言い回しは封印したようだ。だが、生活や事業がコロナ前に戻るのはいつかという国民が一番知りたいことに答えていないのに、無責任な意義付けだと指摘せざるを得ない。
主催者である国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長の現状認識にも疑問が湧く。バブル方式によりコロナ感染を「日本国民が恐れる必要はない」と断言。首相と会談した際には、感染状況が改善した場合「有観客」を検討してほしいと伝えたという。首相と同じく「五輪ありき」の姿勢がうかがえ、国民感情を軽視していると批判されても仕方あるまい。
菅首相が何より優先しなくてはならないのは、五輪を予定通り終わらせることではない。国民の命を守るためコロナ感染を一日も早く収束に向かわせることだ。憲法に基づく野党の臨時国会召集要求に応え、コロナ対策を充実させる論議に臨むべきだ。首相に値するか問われている。