東京五輪は開会式に先駆けて競技が始まり、福島県でソフトボール、宮城県、北海道などで女子サッカーが熱戦を繰り広げた。

 被災地でスタートしたのは、当初、開催の大きな意義として掲げられた「復興五輪」の象徴としたかったからだ。ところが、新型コロナウイルスが猛威を振るい、その理念はすっかりかすみ、「コロナとの闘い」が前面に出てしまった。

 菅義偉首相の8日の記者会見はその証左だ。東京五輪・パラリンピックを通じ「世界が一つになり、全人類の努力と英知によって難局を乗り越えていけること」「共生社会の実現に向けた心のバリアフリー」の二つを発信したいと語ったが、そこには「復興」の二文字はなかった。

 東日本大震災・東京電力福島第1原発事故で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島の3県では、コロナ禍により海外選手との交流や関連イベントが次々と中止に追い込まれた。関係者やメディアの行動も規制され、無観客や観客上限の設定によって、訪れる人たちは激減するはずだ。

 国内外のメディアの拠点となる東京のメインプレスセンター内には、大震災からの復興を紹介するコーナー「東京2020復興ブース」が開設された。だが、10年後の被災地のありのままの姿を世界各国に知ってもらう機会が大幅に減ったのは間違いなく、残念でならない。

 だからこそ、私たちはいま一度、「復興五輪」の原点を問う必要がある。

 コロナのほかに、開催国にはもう一つの緊急事態宣言が、現在も解除されていない。「原子力緊急事態宣言」だ。福島の原発周辺自治体では、いまもなお住民が戻れない帰還困難区域が広がり、約3万5千人が県内外で避難生活を送る。

 原発では、気が遠くなるような年月の廃炉作業が続き、五輪の招致決定の際に、安倍晋三首相(当時)が「状況は統御(アンダーコントロール)されている」とアピールした原発汚染水の処理に賛否が渦巻く。

 3月25日に福島のJヴィレッジで開かれた五輪聖火の出発式。公式アンバサダーとして出席したお笑いコンビ、サンドウィッチマンの伊達みきおさんのあいさつが異彩を放った。

 「ぜひきれいになった被災地を見ていただきたいし、まだ全然立ち入ることができない被災地も実際ある。そういったところも素直に見せていただきたい」

 確かに宮城、岩手両県では、ハードやインフラの再建は進んだ。一方で、福島の太平洋沿岸部は原発事故の影響で、時間が止まったままの風景が目立ち、被災地の復興の落差は大きい。双方を見てほしいというメッセージだった。

 「復興五輪」の目的は、大震災当時の各国の支援に感謝の気持ちを込めて、壊滅的な被害をここまで克服した力を訴え、同時に原発事故の過酷さを伝えていくことではないか。3・11を語り継ぐ営みは、開催国の大切な役割でもある。

 被災地でのプレーボールやキックオフの意味をかみしめ、「復興」というひとくくりの言葉で片付けられない、光と影、明と暗を見つめ直すきっかけとしたい。単なる競技を実施するだけで終わらせては、五輪招致の名目に被災地を利用したとのそしりは免れないだろう。