ロシアのミシュスチン首相が北方領土の択捉島を訪問し、外国からの投資を誘致するための特別区を設置する構想を表明した。日本政府は抗議したが、訪問はプーチン大統領の指示を受けたもので、北方領土をロシアが実力支配している現実をアピールする狙いがあるとみられる。

 特別区の設置構想は、日ロ間で実施を目指すと合意している北方領土での共同経済活動に反するものになる可能性がある。大統領との会談を重ねた安倍晋三前首相時代に進展したかにみえた日ロ交渉だが、現実には停滞し、むしろ後退しているというべきだ。

 菅義偉首相は安倍外交を継承するとしている。だが、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、日ロ首脳の対面での会談は実現していない。北方領土返還と平和条約締結交渉をどう進めるのか。戦略を根本から練り直す必要がある。

 ロシア首相の北方四島訪問は、2019年8月のメドベージェフ首相以来2年ぶりだ。この時期を選んだのは、第2次大戦末期の8月に北方領土を占領し、「大戦の結果として4島がロシア領になった」というロシア側の主張を改めて示したとも受け取れる。

 ロシア側が北方領土返還交渉に本気で臨むつもりなのかは、疑問を持たざるを得ないのが現実だ。ロシアは昨年改正した憲法に領土割譲を禁止する条項を盛り込んだ。その一方で、大統領は6月初めに行った共同通信社など主要通信社との会見では「日本との平和条約交渉は継続する用意がある」と述べた。ただ、日本側が歯舞、色丹の2島返還か、国後、択捉も含む4島返還かで「二転三転した」と日本側の対応を批判した。揺さぶりをかけているようだ。

 一方、日本側の戦略は定まらない。安倍前首相は18年11月のシンガポールでの首脳会談で、平和条約締結後の歯舞、色丹2島の日本への「引き渡し」を明記した1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速させることで合意した。事実上の2島返還だが、国内的には4島返還からの方針転換を認めていない。

 2016年12月の大統領来日時に合意した北方四島での「共同経済活動」は、養殖や観光などの分野で日ロが共同事業を行うことで信頼関係を醸成し、領土交渉につなげようという狙いだった。

 活動をする日本企業や日本人に適用する法律を巡っては、会談の声明では「しかるべき法的基盤」を検討するとしていた。ただ、安倍前首相が「特別な制度」を検討すると説明したのに対し、ロシア側はロシアの法律を適用すると明言していた。

 出発点から食い違いを抱えていた共同経済活動は合意から約4年8カ月がたっても具体的な事業が始まっていない。ロシア首相が今回提唱した「特別区」は、欧米なども含めた外国資本を誘致するために関税を免除する構想で、第三国の資本が入れば、領土交渉は複雑化しかねない。

 大統領が日ロ交渉継続の考えを示すのは、欧米との関係が悪化する中で、日本を引きつけておく狙いがあるのではないか。その一方で、日米同盟に基づく米軍の動きもけん制している。

 菅首相は領土問題解決への意欲は示すが、その道筋は全く不透明だ。ロシア側の真意を読み解き、着実に成果を上げる戦略を立て直す必要がある。