これまで、ともすれば見過ごされることも多かった選手のメンタルヘルス(心の健康)が東京五輪で大きな問題として浮かび上がった。

 前回のリオデジャネイロ五輪体操女子で4個の金メダルに輝き、大会を象徴するアスリートとなったシモーン・バイルス選手(米国)が自身の意思で競技途中に離脱した。理由について、心の健康で問題を抱えていたと話し、大きな反響を呼んだ。

 バイルス選手は予選では全4種目に出場しながら団体総合決勝の第1種目で精彩を欠くと、続く3種目は演技しなかった。同僚に代わった方がチームにとって有益だと判断したという。

 さらに「以前ほど自分を信じることができなくなった。競技を楽しめなくなった」と告白した。2カ月余り前にテニスの全仏オープンで大会途中に棄権した大坂なおみ選手が明かした悩みに通じるものだった。

 バイルス選手は種目別の平均台には出場し、銅メダルを取り、競技関係者全員に笑顔を届けた。

 多くの選手が程度の差こそあれ、同様の苦悩を抱えていることが想像される。指導者や選手の所属する競技団体、チームは選手の重圧について、これまで以上に深く理解するように努め、対策を整えなければならない。それは多重で、きめ細かく、選手が安心を確信できるものであるべきだ。

 スポーツは産業として発展している。五輪の実施競技も、サッカーに代表されるプロスポーツも多額の放送権料とスポンサー料を吸収するようになった。

 選手間、チーム間の競争は激しく、競技レベルはどんどん上がる。選手の報酬も上昇し、五輪競技でも優秀な選手は有力なスポンサー企業が支える。選手が感じる重圧の一つの要因はここにある。

 競技大会はメディア露出を競う。放送権者が迫力あるシーンを求め、選手の喜びや苦悩を逃さず映し出す。選手は試合後、記者から一定の時間、質問を受ける。そのような状況に息苦しさを感じる選手は少なくない。

 今大会ではトランポリン女子で2年前の世界選手権に優勝した森ひかる選手が第1演技で乱れ、第2演技でより大きな失敗が出て、試合を続行できなくなった。

 約1カ月前から宙返りが怖くなり、初歩的なジャンプもできない毎日が続き、今大会前に他の選手との入れ替えを指導者に申し出たこともあったと、涙を浮かべ打ち明けた。世界選手権の優勝でメディアの注目度が一気に高まり、五輪での活躍が期待されるようになっていた。

 さらに見逃せないのが会員制交流サイト(SNS)で選手が思わぬ非難にさらされ傷つくケースが多くなってきたことだ。
 競泳の池江璃花子選手は五輪の開催反対に同調するよう、また出場を辞退するよう求められ「私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません」と訴えた。
 スマートフォンを肌身離さず持ち歩き、いつでも誰とでもつながる時代になった。選手はだからこそ身構え、SNSの使用を一定の期間控えることも検討すべきだろう。
 面白いから、好きだから、続けていた競技がいつの間にか、気が重い、楽しめない、と変わってしまうことがないよう、選手が心の健康を保てる環境づくりが大切だ。