地下鉄サリン事件に遭い、路上で手当てを受ける乗客ら=1995年3月20日午前、東京都中央区築地
地下鉄サリン事件に遭い、路上で手当てを受ける乗客ら=1995年3月20日午前、東京都中央区築地

 30年前の1995年は年明けから惨事が続いた。1月17日の阪神大震災で気持ちが沈み、3月20日にオウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした。14人が死亡し、重軽症は6千人以上。「この国は大丈夫か」と暗々とした。

 都心で猛毒ガスをまく凶行に憤ったが、教団幹部の人となりが伝わると異界の人とも思えなくなった。中でも2018年に53歳で刑が執行された土谷正実元死刑囚に目が留まった。サリン製造の中心人物だ。

 大学になじめず入信。人に認められたい欲求が強かったという。教祖・麻原彰晃(松本智津夫元死刑囚)と出会い、難解な化学式を操る頭脳を認められ、研究に没頭できる環境を得た。

 他の幹部も高学歴者が多かった。受験のように正解を出せば上に行ける世界が生きやすい人は珍しくない。やがて白黒が不明確な社会で困惑する。そんな時に甘い言葉で褒められ入信するなら誰にも可能性がある。拘置所で土谷元死刑囚と面会を続けた作家の大石圭さんは書籍『オウムと死刑』の中で「なぜ、僕は彼らにならなかったのか? 答えは簡単。たまたまだ」と記した。

 事件後テレビは連日、麻原教祖らが出馬し、落選した1990年衆院選の選挙運動の様子を流した。教祖をたたえる歌も運動員のかぶり物もセンス皆無で幼く、高度な化学研究との落差は異様。宗教本来の癒やしや情操もなく突っ走る危うさは、現代も教訓にしていい。(板)