畜舎のあった所にさびたバケツがぽつんと置かれ、中には枯れ葉がたまっている。3月11日。松本信夫(73)が牛と共に暮らしていた福島県葛尾(かつらお)村の土地は、色あせた草で覆われていた。

 2011年の同じ日、東京電力福島第1原発事故が起き、葛尾村にも放射性物質が降り注いだ。約3週間後に故郷から避難する際、家族同然だった18頭の牛を住居隣の畜舎や、近くの放牧地のパイプにロープで縛り付けた。餌や水を与えず、殺処分するためだった。

 前の晩から妻と泣いた。1人での作業中も...