新型コロナウイルスの爆発的感染拡大で保健所の業務が逼迫(ひっぱく)し、感染経路や濃厚接触者を調べる「積極的疫学調査」を縮小する動きが各地で出ている。自宅療養者の健康観察や重症者の入院調整など、「目の前の命」を救う業務を優先せざるを得ないためだ。だが濃厚接触者を捕捉できないと市中感染がさらに広がる恐れもあり、専門家は対策の必要性を指摘する。
「先が見えない中で常に緊張した状況が1年半前から続き、現場は精神的、肉体的に疲弊している。既に限界の状態だ」。東京都北区保健所の前田秀雄所長が語る。
昨年から段階的に増員した保健師約30人と応援の事務職員らで業務に当たるが、「第5波」で感染者は急増。数百人にふくれあがった自宅療養者らへの、電話や訪問による健康観察に忙殺されている。軽症でも急変する場合があり気の抜けない業務だ。
一方で積極的疫学調査は、感染拡大リスクが高い医療福祉施設や教育機関に軸足を置き、それ以外は各自で濃厚接触者を判断し検査をするよう要請している。前田所長は「人命に直結する仕事を優先せざるを得ない。苦渋の選択だ」と話す。
増大する負担を減らすため、調査を縮小する動きは東京都のほか、埼玉県や神戸市、那覇市などでもみられ、重症化リスクの高い施設やクラスター(感染者集団)が発生した施設に絞るケースが目立つ。
だが調査範囲の縮小は、検査対象となる濃厚接触者の把握数が少なくなることを意味する。濃厚接触者を十分に捕捉できなければ、必要な検査を受けることなく、無症状のまま感染に気付かずに市中でうつす人が増える恐れもある。
そのため調査縮小はせず、効率化を図る保健所も。大阪府の茨木保健所は、感染者らへの聞き取りを電話からメールに切り替えた。「9割以上の人に回答してもらっている。調査にかかる時間も半分程度になった」と担当者。ただ、内容確認などの電話は欠かせず、職員が深夜まで働く状態は続いているという。
保健所長の経験もある浜松医科大の尾島俊之教授(公衆衛生学)は「業務逼迫で調査を縮小せざるを得ない状況では、感染が判明した人は、マスクを外して一緒に会話や会食をした人に連絡し、自主的に検査を受けてもらうことが必要だ」と指摘。その上で「行政は外部人材やITの活用を進めるなど、保健所ができるだけ本来の調査を続けられるようにするべきだ」と話した。