菅義偉首相が自民党総裁選に立候補せず、退陣する意向を表明した。昨年9月、安倍前政権の後継として発足した菅政権は1年で幕を下ろす。
新型コロナウイルス対策で後手に回り続け、内閣支持率は低迷。衆院選を控えた自民党内で求心力が低下し、再選を目指した総裁選での勝利が見込めないと判断したのだろう。
民意が離反し、政権を維持できない事態に陥った根底には、菅首相による強権的、独善的な政治手法があったと言えるのではないか。自民党は次期首相を選ぶことになる総裁選を、政権運営の在り方を見直す契機にしてもらいたい。
菅首相は自民党の臨時役員会で「この1年間、コロナ対策に全力を尽くしてきた。総裁選を戦うには相当のエネルギーを要する。総裁選は不出馬とし、コロナ対策を全うしたい」と述べた。この後、記者団にも「コロナ対策と選挙活動は両立できない」などと同様の認識を示した。
だが、首相が語った理由を額面通り受け取ることはできない。岸田文雄前政調会長が総裁選への立候補を表明した後の対応を見れば分かる。
岸田氏は、在任期間が5年を超える二階俊博幹事長の交代を念頭に、党役員の任期制限を公約として打ち出し、党内の中堅・若手らの賛同を受けた。
すると、首相は重用してきた二階氏らを退任させる党役員人事を構想し、岸田氏との「争点つぶし」を図ろうとした。総裁の立場にとどまるための保身策と受け止められたのも当然だ。
臨時役員会は、その人事に一任を取り付けるために設定され、前日には二階氏に対し、総裁選へ立候補すると伝えていたという。
首相の一連の対応は、国民がコロナ禍にあっても総裁選出馬に強い意思を持っていたことを裏付けている。にもかかわらず突如、立候補を取りやめたのは、人事を強行しても劣勢を挽回できそうになかったことが最大の要因だろう。
首相は以前、共同通信のインタビューで携帯電話料金値下げや公立小学校の35人学級化、不妊治療への保険適用などを自らの政権運営の成果として挙げていた。前回総裁選時に掲げた「デジタル庁」の創設は今月1日に実現した。
一方で、「政治とカネ」、総務省官僚の違法接待、日本学術会議会員の任命拒否などの問題では、国会で十分な説明責任を果たしてこなかった。国会軽視は民主主義の否定につながりかねない。
コロナ感染症は収束できず、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置を計33都道府県に発令する事態に追い込まれている。専門家の分析に基づく対策強化の要請を軽んじ、迅速に対応しなかった結果だと指摘されても仕方あるまい。
批判的な意見であっても排除せず耳を傾ける姿勢がなければ、次第に人は遠ざかり信任されなくなっていく。それが今の政権運営からくみ取るべき教訓ではないか。
自民党内には「菅首相では衆院選を戦えない」との不満が渦巻いていた。自らの選挙で有利に働くかどうかだけを総裁選びの基準とするなら、首相と大差ない保身意識である。安倍前政権から続く政治手法や政策判断を改めてこそ、コロナ対策でも国民の協力が得られると自覚すべきだ。