2000年の北海道・有珠山の噴火では、麓の幼稚園や国道、工場などに大量の噴石が降り注いだ。事前に避難が完了していなければどうなっていたことか。1人も死者やけが人を出さなかったのは、火山学者や自治体などの適切な防災対応に加え、住民の三松三朗さんが地元で長年力を注いだ啓発活動も大きく貢献した。愛してやまない火山との共生を目指した人生を送り、2025年夏、火山が窓から見える自宅で息を引き取った。88歳だった。

 日本は、富士山をはじめ活火山が111ある。火山には温泉や広大な風景などの恩恵もあれば、2014年の御嶽山噴火のように、時として大きな災禍をもたらすこともある。この火山大国で、私たちは、火山とどう向き合えばいいのか。日本でただ一人、昭和新山という火山の所有者でもあった三朗さんの人生をたどると、その答えが見えてくる。(共同通信=所沢新一郎)

 ▽戦時中の隆起...