趣味のメタルの雰囲気を基に自作したシャツをPRする「メタルお醤油屋さん」こと矢田大典さん
趣味のメタルの雰囲気を基に自作したシャツをPRする「メタルお醤油屋さん」こと矢田大典さん

 しょうゆとみそを取り扱う安来市中津町の矢田醤油店が、重厚な曲調と迫力ある歌唱が特徴の音楽ジャンル「メタル」と、しょうゆを絡めるという驚き? 前代未聞? の手法で自社製品を発信し、会員制交流サイト(SNS)で注目を集めている。「メタルみそ汁」や「メタルせんべい」といったイベントを開いて、参加者と交流しているようだ。しょうゆやみその発信にメタルがどんな役割を果たしているのか。「メタルお醤油屋さん」の名で知られる、同店の矢田大典さん(31)を直撃した。
(Sデジ編集部・吉野仁士)

 

 矢田醤油店は1920年創業で、国産の大豆と小麦を使ったしょうゆを自社で醸造する。そばつゆに合うと人気のさっぱりとした濃口しょうゆ「椿印」と、濃厚な味わいが特徴の再仕込みしょうゆ「甘露」で知られる。みそも製造し、北海道産の大豆を使った自家製みそに、ナスやニンジン、キュウリが入った「金山寺みそ」は全国から注文が入るという。

 事務所に入ってすぐ、入り口横にある商品棚が目に入った。しょうゆやみその容器に混じり、ギラギラしたイラストのCDやTシャツ、トートバッグが並ぶ。自社製品を隅に追いやる勢いだ。

矢田醤油店の商品棚。さすがに醤油とみその方が多いように見えるが、メタル関連の商品群がかなりの存在感を放っている。
棚に並ぶメタルバンドのCD。ジャケットが軒並み恐ろしい。知らずに入った来店者は二度見しそうだ。

 一般的なしょうゆ店のイメージとはかけ離れた光景に面食らうと、矢田さんが「しょうゆの売り場面積の方が狭いしょうゆ店ってどうなんでしょうね」と記者の思いを代弁してくれた。普通の店とは違っているという自覚はあるみたいで、やや安心した。

 ▼実はシンプルな「メタルみそ汁」
 「メタルみそ汁」は、高校生の頃にメタル音楽に魅せられた矢田さんが発案した。みそ汁そのものというより、みそ汁の楽しみ方。事業者が希望者に講座形式でさまざまな物事を教え、交流する「まちゼミ」(安来商工会議所主催)の一つとして、過去5回開催した。

 内容はシンプルでシュールだ。矢田さんが好きなメタルバンド「エクソダス」「ドラゴンフォース」の曲を流しながら、矢田醤油店のしょうゆとみそを使ったみそ汁やせんべいを参加者5~10人で楽しみつつ、交流する。参加者はメタル愛好家でなくてもよく、子どもや家族連れも食事を楽しみに訪れる。

 開始前に名札を配布し、名前と好きなバンドや音楽ジャンルを書いてもらうため、同じ好みの参加者が一目で分かる。愛好家たちはおすすめのバンドや好きな曲、参加したライブなどについて熱く語り合い、最後は互いに連絡先を交換するのが恒例だという。

第4回の「メタル餅つき」での集合写真。参加者は人さし指と小指を立てる、メタル愛好家の共通ポーズ「メロイックサイン」を決め、大いに盛り上がった。

 都会にはメタルを語り合うためのバーや飲食店があるが、安来には生演奏を楽しむライブハウスが無く、愛好家同士が出会う機会はほとんど無い。実際、参加者からは「安来にこんなにメタル好きがいたんだ」という驚きの声が相次いで寄せられるという。

 矢田さんは「メタルがこれまで出会わなかった人たちをつなぎ、一つの新しい輪を作ってくれた。メタルの話や自社のしょうゆの味を喜んでもらえているのがうれしいし、自分も同じ趣味の友達が増えてとてもうれしい」と笑顔を見せる。

まちゼミでの思い出を話す矢田大典さん。

 ▼きっかけは「メタル友達が欲しい」の思い
 矢田さんがイベントを発案したのはメタルみそ汁の参加者たちと同じく、「安来でメタルを語り合える友達がほしい」という思いからだった。

 東京都出身の矢田さんは、高校1年の時にCD屋の視聴器でたまたまエクソダスの曲を聴き、今まで聴いたことのない激しい音楽に「超かっこいい。なんだこの音楽は」と衝撃を受けた。以降、ヘビーメタルを中心にメタルを聴き続け、現在はスラッシュメタル、デスメタル、ハードロック、ゴアグラインドなどのジャンルを好む。

 大学で、矢田醤油店3代目の妻・敦子さん(31)と出会い、2016年に結婚して島根県に移住した。初めての地で友人が少なかった時、敦子さんから「好きなメタルを生かして講座をやったら友達ができるんじゃないの」という助言を受け、同年にまちゼミでメタルみそ汁を開催したのが始まりだ。

おそろいのメタルTシャツで今後の展望を語り合う矢田大典さんと敦子さん。ちなみに敦子さんは大のジャニーズ好き。


 ▼メタル愛でグッズ量産
 メタルみそ汁の様子やメタルに絡めて製作した自社ステッカーをSNSで発信したところ、インターネットマガジンのライターやネット上のレコードショップから注目を集めた。今年3月にはレコードショップと合同で、醤油店の店頭でメタルCDの即売会を開いた。店頭に置いているCDは即売会を縁にショップが卸している。

矢田さん夫婦が作ったステッカー。字体はいかついが、「YADA SOYSAUCE BREWERY(矢田醤油醸造店)」と自社名をPRしているだけ。

 メタルへの愛情は自社製品のしょうゆにも及ぶ。4月、レコードショップの提案で、看板商品の甘露のラベル部分を黒色基調のメタル風に変更した「暗黒ノ醤油」を製作した。

「暗黒ノ醤油」のチラシと容器。ラベルは怖いが、中身は丹精込めて作られた昔ながらのしょうゆだ。

 同じ頃、メタル風の自社Tシャツを製作。骸骨3体がしょうゆを製作する様子を絵にした斬新なデザインだ。ともにSNSで人気を博し、県内外のメタル愛好家を中心にこれまで100個以上の注文があった。

 来店する愛好家の中には、メタルを通してしょうゆやみそに興味を持ち、CDと一緒に甘露や金山寺みそを買っていく人もいる。矢田さんは「普段はしょうゆやみそを意識して見ない人たちが、メタルを通して関心を持ち始めてくれている。しめしめという感じ」と、自社製品のPRに結びついていることに手応えを感じている。

 

 ▼「メタルの町」構想も
 新型コロナウイルスの収束後は、より大人数での講座開催や地域イベントへの出店を考えている。

 安来といえば「ハガネのまち」として知られ、日立金属が生産する高級特殊鋼「ヤスキハガネ」を始め、鉄鋼業で有名。「鉄(金属)=メタル」という連想から、メタルを通して安来を全国に発信するというびっくりな構想も抱く。「『メタルの町』として全国で知られるよう、安来を絡めたグッズや発信方法を考えていきたい。しばらくは非公式の活動になりそうですが…」と矢田さん。はた目にはとっぴな発想かもしれないが、「メタルみそ汁」のように「面白い!」と全国の話題になりそうな予感もする。役所のお墨付きをもらうのは難しいかもしれないが、今の時代の新たな町おこしの可能性を秘めているようにも見える。コロナ収束後のより斬新な活動に期待したい。
 

 10月には第6回となるメタル講座で、うどんと焼きだんごを参加者で楽しむ予定。残念ながら今回の参加受け付けは既に締め切られたが、「メタルお醤油屋さん」に興味を持った人は次回、参加を検討してみてはどうだろうか。奇抜ながらも温かい愛好家たちが迎えてくれるはずだ。

メタルうどん、メタル焼きだんごへの参加を呼び掛けるまちゼミのチラシ。チラシに書かれた数ある講座の中でも異彩を放っているが、とても楽しい人気のイベントです。