文久2(1862)年9月18日、出雲国意宇郡雑賀町(現・松江市雑賀町)に一人の男児が生まれた。のちに教育の道を歩む西田千太郎である。父は松江藩士・西田平兵衛、母はマツ。千太郎はその長子であった。
西田家は代々、松平家に仕える家柄で、父・平兵衛は小頭を務めた。大柄で面倒見がよく、若い頃から各地を巡って見聞を広めた人物である。その豊かな知識と人望は周囲から...
文久2(1862)年9月18日、出雲国意宇郡雑賀町(現・松江市雑賀町)に一人の男児が生まれた。のちに教育の道を歩む西田千太郎である。父は松江藩士・西田平兵衛、母はマツ。千太郎はその長子であった。
西田家は代々、松平家に仕える家柄で、父・平兵衛は小頭を務めた。大柄で面倒見がよく、若い頃から各地を巡って見聞を広めた人物である。その豊かな知識と人望は周囲から...