自民党は新しい総裁に岸田文雄前政調会長を選出した。10月4日の衆参両院本会議で第100代首相に指名され、新内閣が発足する。

 菅義偉首相の退陣表明を受けた今回の総裁選は4人が立候補して、勝負は決選投票に持ち込まれ、河野太郎行政改革担当相を破った。岸田氏は1回目の投票からトップだったとはいえ、河野氏が党員・党友票で37都道府県を制し、44%を獲得した重さ、党員・党友と国会議員の意識の乖離(かいり)を、岸田氏はもちろん、自民党も自覚する必要がある。

 「1強」と呼ばれ、憲政史上最長を記録した安倍政権。その政権を官房長官として支え、引き継いだ菅政権が幕を下ろしたいま、9年近くにわたった「安倍政治・菅政治」が何をもたらしたのか、新総裁誕生を機に、負の遺産を含めしっかりと直視しなければならない。それを清算・克服して一つの時代を真の意味で終焉(しゅうえん)させることが岸田氏の使命だろう。

 安倍、菅両政権で表面化した森友、加計両学園と桜を見る会の問題、日本学術会議会員の任命拒否…。浮かび上がるのは、異論を封じ込め、疑問に真正面から向き合わず、説明責任を果たさない独善的な姿勢、そして人事を握られ、首相官邸に忖度(そんたく)するあまり、決裁文書の改ざん・破棄に手を染める官僚の姿だ。

 加えて自民党では、2019年末以降、「政治とカネ」を巡る問題で逮捕、起訴され、離党・辞職したのは5人という異様な事態である。岸田氏のお膝元の広島でも、19年参院選で河井克行元法相夫妻による大がかりな買収事件が立件された。当時の官邸肝いりの新人候補に破格の資金がつぎ込まれたものの、自民党はその使途について、河井夫妻の報告をそのまま紹介するだけにとどまっている。いずれのケースも国民の不信を払拭(ふっしょく)するための説明を尽くしたとはとても言えまい。

 行政監視の役割を担う国会の形骸化も一段と進行、政治の場から緊張感が喪失した。資料の提出を突っぱね、虚偽答弁がまかり通る。新型コロナウイルスの感染爆発により医療崩壊を招きながら、野党が再三要求した臨時国会の召集を拒み、論戦を回避する政権の実像があらわになった。こうした逃げる政治、隠す政治から決別しなければならない。

 新総裁(首相)が直面する内政、外交の課題が山積している。最優先のコロナ対策では、1年半以上になる闘いで、甘い見通しに依拠し、対応が後手に回り、迷走・混乱したことを真摯(しんし)に検証し、抜本的に体制を立て直すことが不可欠だ。専門家や自治体、野党、さらに国民との対話が決定的に抜け落ち、チームとして英知を結集する結合力を発揮できなかった菅首相の失敗から学ぶべき点は多い。岸田氏自身も与党の一員としてなぜ支えられなかったのか、率直に反省することが求められる。

 岸田氏は今回「国民との約束」の第一に掲げたのは、「民主主義に最も大切な『国民の声』を丁寧に聞いていく」。決選投票で貢献したとされる安倍晋三前首相、麻生太郎財務相の影響力に配慮して、この初心が揺らぐようでは、信頼回復はおぼつかないだろう。新総裁は直ちに衆院選に臨む。私たちは「表紙」が替わったことに惑わされず、自民党が変わるのか、目を凝らしたい。