時はさかのぼり、第2子の弟が生まれた直後、私は基本的に「姉担当」だった。妻が弟に付きっきりにならざるを得ないためだ。

 妻が入院中、姉と私は2人暮らし。4人暮らしになっても、弟に母を奪われたような複雑な思いを抱える姉を元気づけようと、保育所の帰りに2人で公園や買い物に寄ったり、風呂に入れたりした日々で、「父やってるなぁ~」と充実感があった。

 弟が生まれてから2カ月間、妻に新生児の世話に集中してもらおうと、寝室を「妻と弟」と「私と娘」で分けた。しかし娘は初めこそ私と一緒に寝てくれたが、見る見るうちに距離は広がり、寝かしつけが難しくなった。妻の存在は圧倒的だ。入院で留守の時はまだしも、同じ空間に妻がいる時、たちまち私は存在感を失う。

 弟が生まれて約半年後…。私は「姉担当」を戦力外になった。姉はイヤイヤ期に拍車がかかり、機嫌がナナメな朝夕に抱っこしたり、風呂に入れようとしたりしようものなら「おかぁちゃんがいい~」と憤激する。

 結果、自我があまり芽生えていない「弟担当」に転身した。弟が夜泣きする際は抱っこひもで居間に連れ出し、泣き続ける様子を心を無にして見守った。

 それからさらに約半年後…。弟も母への愛着が強まり、風呂こそ付き合ってくれるが寝かしつけは戦力外になった。就寝時は子を刺激しないよう、むなしく横になるだけである。

 仕事にかまけて子と関わる時間が少ないことはわびる。子と向き合い続ける妻はまぶしく、自身の無力さに打ちひしがれる。

 今は夜な夜なむくっと起き上がり、食器洗いと洗濯物干し、居間の片付けなどに当たっている。家族が寝静まった夜の居間や脱衣所は連日、人形やブロック、衣服やらが大散乱。これをすっきりさせれば、存在価値を見いだせると自分に言い聞かせている。

 その作業もなかなかの時間を要する。切なくなってしまうので、酒をちびりと飲みながら、お気に入りの曲なんかをイヤホンでそっと聴き、気を紛らわせているのである。