切迫早産による入院27日目、状態が落ち着き、退院することができた。ただ、妊娠末期にようやく25ミリぐらいになる子宮の入り口を結ぶ「子宮頸管(けいかん)」は、20ミリ前後と短めに推移していて、次の健診で20ミリを切っていたら、再入院という。

 健診は土曜だった。子宮頸管は13ミリ。再入院だ。先生にお願いし、安静を条件に、土日は家で過ごさせてもらった。日曜の夜、娘が寝付くのを横で見ながら涙がつーっと頬を伝い、止まらなくなった。明日にはまたお別れだ。切なさで胸がぎゅーっと締め付けられた。おなかの赤ちゃんのためとは分かっていても、悲しくてつらかった。

 上のきょうだいがいる場合、見えないおなかの子のことは後回しにしがちだ。入院中は貴重な「おなかの子と二人きりの時間」と思えたらいいのだが、どうしても目に見える物事ばかりを気にしてしまう。前向きになろうとすればするほどむなしさに襲われた。

 そして再入院。寝転んでいても呼吸が浅い感じで息苦しく、食欲もわかない。頭痛や微熱も続いていた。すでに約1カ月挿し続けていた点滴は、両腕とも挿せる血管がどんどん少なくなっていた。血管から点滴が漏れ、腕は腫れ上がっていた。3日に1回浴びられるシャワーも、点滴の傷がしみて痛かった。

 イライラして涙する日も増えた。西向きの病室は、夕方部屋中がオレンジ色に染まる。なぜかそれだけで腹が立った。当時の日記より。「1分1秒がものすごく長い。すべてにイライラ。今の私の気持ちなんて、誰にも分からない」。支えてくれていた家族も、私への接し方を悩んでいたかもしれない。

 入院中に迎えた娘の2歳の誕生日。娘は夫の実家に預かってもらっていて、当日は会うことはできなかった。病室の窓を開け、夕風に吹かれていたら泣けてきた。一緒に過ごしたかったな。入院している間に、季節は移ろっていて、空気からは夏の気配を感じた。あの日のことは今も忘れられない。

 余談だが、入院中に参院選の投票日があった。病院で投票できるか聞いてみたが、個人病院のためできなかった。棄権したのは初めてのこと。なんだかこれも悲しかった。