出産予定日まで残り1カ月となり、もういつ生まれても大丈夫ということで、50日間にわたる入院生活が無事に終わった。久しぶりに浴びた太陽の光は痛いほどで、外界はこんなに暑かったのかと驚いた。寝たきりだった体はなまりきっていて立ち上がるのもやっと。しばらくはリハビリ生活が続いた。

 離れていた約2カ月で、2歳になった娘は見違えるほど成長していた。「たーちゃん」と呼んでいた私のことを「おかーちゃん」と呼べるようになり、「タイタイ」と言っていた魚は「おちゃかな」になっていた。会話も成り立つようになり、絵本の一文を覚えて自分で読んだり、パジャマのボタンを1人で留められたりと、できることが格段に増えていた。私がいないからこそ飛躍的に成長したのか、確かめるすべはないが、娘の成長を1日たりとも見逃したくなかった、という悔しさは、今も胸に残っている。

 入院中は本当にたくさんの助けを得た。私が不在になることで、娘を保育所へ迎えに行く人と、夫が帰宅するまでの間、娘の世話ができる人の確保が必要になった。幸い夫婦双方の祖父母や、親しい職場の上司家族が協力してくれて、なんとか乗り切れた。感謝してもしきれない。

 娘も、50日間一度も体調を崩すことなく保育所に通い、毎日どこの家に連れ帰られるか分からない状況で、頑張って過ごしてくれた。当然、みんなが愛情を持って預かってくれて安心感はあっただろうが、2歳にとっては心落ち着かない日々だったに違いない。

 覚悟はしていたが、退院後の反動もすごかった。夜中寝ていても、私がトイレに行くだけで起きて「おかあちゃ~ん」と大泣きで後を追ってくる。昼間も、1人で居間を出ようもんなら怒ってぴったりとくっついて付いてくる。不安そうな表情で、私がまたいなくなるのでは、とおびえているように見え、心から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。「おかあちゃん、もうおらんくならんよ。大丈夫だけんね」。毎日、そう言い聞かせて過ごした。