日本近代文学を研究する安藤宏・東京大教授によると、明治以降の小説家は、自分の名前のイメージをかなり意識していたらしい。作家としての自分の名前が読者にどう受け止められているか。作品はそのイメージを演出する「舞台」であり、読者を引き寄せようと「演技」する場でもある▼作品の主義主張などにより形成される流派。作家の個性をある傾向によって括(くく)りながら、文士集団を形成する。自然主義に抗(あらが)うように耽美(たんび)派、白樺(しらかば)派など、各流派が旗幟(きし)鮮明に競い合ったのが、明治後半から大正期にかけてだった▼夏目漱石、森鴎外、志賀直哉、芥川龍之介ら教科書に載るような代表的作家が活躍する時期とも重なり、日本の小説の黄金期でもあった、と安藤氏。今では死語となりつつある文壇が華やかな注目を集めたのもこの頃▼意外なのは、芥川が自分の名前のイメージづくりをする上でなかなかの戦略家だったらしいこと。繊細で理知的。芸術至上主義を掲げ、身過ぎ世過ぎを超えた脱俗の文士が、作品を通じて「芥川ブランド」をさりげなく読者に刷り込む。そんな意図を安藤氏の指摘から感じた▼作家が作品をつくり、作品群が作家像を造形する。その「幸せな循環」が文壇を活気づけたのも、今は昔。街の書店が次々に消えていく今の時代に、芥川ならどんな自己演出をしてみせるだろう。深まる読書の秋に文学の生き残りを考える。(前)